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「運命の番に出会える可能性って凄く低いって知ってる? だからほとんどのアルファは運命とか関係なく自分が気に入ったオメガを番にしてるし、オメガの方もそうだよ。自分で選んだアルファと番になる」
「わた、私は……ちゃんと好きで」
「相手がそうじゃないなら意味ないよ。ヒートでつらい思いするのは由莉ちゃんの方なんだから、不毛な関係なら早くやめちゃえば?」
不毛だと、初めて分かりやすい言葉にされた気がする。
婚約者だけど付き合ってなくて、ヒートに付き合ってくれるけどセックスはしてなくて、運命のはずなのに番にしてもらえない。
ああ、なるほど。不毛っていうのか、これ。
自分でも薄々思っていただけにつらくて、改めて理解させられた関係に泣きそうになった。
不毛な関係じゃないって否定したいのに、うまく言葉が出てこない。反論できないのは、事実だからなんだろうか。
「で、も……私は、本当に好きで……」
「そっか。じゃあ諦めてよ」
「え……」
返事をしたのと同時に由莉の顔に霧状の液体がかかり、仄かに甘い香りが周囲に広がった。
いつの間に取り出したのだろうか。凪の手には小さなスプレーボトルが握られていて、その中の液体が再び由莉に向かって噴き放たれる。
「っう……」
何をかけられたのか分からない。だけど思い切り吸い込んでしまったし、確実に体内に入ってしまった。
これは液体の効果なのだろうか。目の前が僅かにぐらりと揺れて、呼吸が少しずつ荒いものに変わっていく。
立っているのがつらくてしゃがみ込もうとすると、二の腕を掴まれてその動きさえ制されてしまった。
「な、凪くん……?」
「ずっと好きだった子がオメガで、誰とも番にならずに待っててくれてたんだよ。運命が選んだアルファなんかより、僕の方がずっと君の運命でしょ」
「な、に……これ、凪く……」
「ヒートの誘発剤。ごめん、少しかけすぎちゃった?」
「は……」
「症状が酷くなる前に移動しようか。こっちに車停めてあるから」
「っや、さ、触らないで……!」
引かれそうになった腕を振り払って逃げようとしたが力が入らない。
振り払う力も走る気力もなく、抵抗らしい抵抗もできないまま簡単に捕まってしまう。
「ねぇ、大人しくして? こんな状態で逃げたり出来ないでしょ」
「いや、だめなの……。いま、っこんな、触られたらほんと……っ」
「そんなこと言ってても仕方ないでしょ。逃げ出してフェロモン撒き散らしたら、色んな人巻き込んじゃうよ?」
いいの? と首を傾げられ泣きそうになる。
泣きそうというか、溢れそう。苦しくて熱くて視界が滲んで、もう涙が溢れる寸前だった。
「……っ、よく、ない……!」
「うん。やっぱり由莉ちゃんって、優しくて良い子だね。他の奴巻き込まないように二人でどうにかしようよ」
「……っ」
それが良くない事なのは分かっている。
だけどこの人に着いていく以外に行ける場所もなくて、こんな状態で一人で大通りを歩く事も出来ない。
少しでも自分のフェロモンが外に流れないようにしたくて、意味もなく息を潜める。こんなの、なんの意味もないのだろうけど。
「大丈夫? 抱っこしようか?」
「やだ、触るのやめて……」
「ああ、そっか」
「あっ! もっ……やめ、ほんと……」
「アルファに近付かれるだけでこんなになっちゃうんだ? 可愛いけど危ないよ」
誰のせいだと叫びたいけどそんな気力もない。
腰に手を回されると更に力が抜けて、そのまま凪の身体に寄りかかってしまう。
「や、ほんと……」
「このまま一緒に行こうか。おいで」
「……ふっ、あ」
アルファの匂いが近い。頭がクラクラする。
離れなきゃ駄目なのに、全然身体がいうことを聞いてくれない。
そのまま簡単に車の前まで連れてこられてしまったが、誰も助けてくれる素振りはなかった。
まあ、当然だ。周りに何人か人はいるけど、これが無理矢理車に乗せられている現場だとは思ってもらえないだろう。
だって、抵抗らしい抵抗なんて出来ていない。
「安心して。絶対に外にフェロモン漏れないところ連れて行くから」
「……や、だぁ」
「じゃあ出発するね」
凪が由莉の話を聞いてくれるはずもなく、エンジンがかけられて車が動き出す。
走り出した車がどこに行くのか知らされないまま、由莉は涙目でぼんやりと窓の外を眺めた。
フェロモンを外に撒かないで済む場所ならどこでもいい。あんな状態で外に居るわけにはいかないから、無事に帰れるなら手段なんて選んでいられない。
嫌な予感しかしないけれど、対抗する力もなければ逃げる術もなくて、彼がただの親切な青年である可能性にかけた。
そもそも親切な人間が、ヒートの誘発剤なんてものをかけてくるはずがないのだけど。
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