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噛んでもらえない理由で悩んでいた時、その可能性も少しは考えたのだ。ヒートがない時でも由莉と共有してくれる時間が多いから、そういう特定の人はいないだろうという結論に至ったけれど、凪に言われるとそんな気もしてきてしまう。
同じアルファが言っているのだから、やっぱり番にしないことはおかしい事なんだ。
番にしない理由は他に相手がいる可能性が高いと、アルファの共通認識としてそういうものがあるのだろう。
確かに、恋人がいて浮気になるからセックスはしないって約束してるとか、そういう理由があると言われたら納得できてしまう。
「い、いるの、かな。普通は……」
「何が?」
「番にしてもらえないの、他に恋人いるからなのかな……って……」
「いたらどうするの? それでもソイツと一緒にいたい?」
「っあ、あぁ……んっ、んぁ」
急に激しくなった動きにまた軽く達してしまう。
耳元に凪の唇が寄せられ、脳に直接吹き込むように低くなった声が響いた。
「早く捨てて。そんな奴に触らせるのおかしいよ。やめて」
「……っでも」
「嫌だよ。もう二度と会わないで。由莉ちゃんのこと大事にできない奴に触らせないで」
大事にされてないなんて、今まで一度も思ったことがなかった。
だけど、傍から見たらそうなのだろうか。遊ばれて、適当に扱われているように思えるのだろうか。
「と、東条さん、優しくて……ちゃんと、だ、大事にしてくれてた……」
「大事な子を番にしないでおいとくアルファなんていないよ。大事にされてたって思うなら、それはただの罪悪感からくる行動」
「そん……、っう」
「他に一緒にいたい相手がいるから、由莉ちゃんのことは正式な番にしないんだと思うよ。結婚する気もないのに縛り付けるの可哀想だから」
「……っ」
そういえば、婚約者っていうのも形だけで、結婚の話なんて今まで全然したことなかった。
結婚をしたい人が、東条さんにはいるんだろうか。考えてみたら東条さんのこれまでの恋愛遍歴について私は何も知らない。
あんなに素敵な人に恋人がいないはずがないのに、どうして考えてこなかったんだろう。私が初めて東条さんと会った時、すでに恋人がいたとしたらその人はどうなったの。
私が東条さんの邪魔になってる可能性はゼロじゃない。
私が現れなければ、東条さんはもっとスムーズに他の人と結婚を決められていたのかもしれないのに。
考え出すと止まらなくて、苦しくて心臓が痛い。
ボタボタと落ちる涙が止められず、それを凪が優しく拭った。
「僕の番になってよ。絶対に大事にするから」
「……ぁ」
「お願い。首輪外して」
縋るような声が耳元で落ちて溶ける。
拒む意を込めて小さく首を振るが、「嫌だ」と言いながら凪は由莉を抱きしめた。
「噛みたい。僕のこと番にして。選んで」
「つ、番なんてなったら、面倒臭いヒートに巻き込んじゃうし、それに」
「そんなこと気にさせる方がおかしいんだよ。大事な子のヒートを面倒とか思うわけないでしょ」
「……凪くんのことも、変な風に縛りつけることになっちゃうのに……」
凪の息を吐く音が由莉の耳に鮮明に聞こえる。
心底嬉しそうに緩んだその表情に、由莉はなぜだか泣きそうになった。
「全然いいよ。君の全部もらえるなら僕のこと縛り付けて」
「……え」
ここまで言ってくれる相手に、断る理由が見つからない。
理由があるとしたら、一つだけ。
私が一方的に東条さんを好きで諦めたくないっていう、たったそれだけの、自分勝手な私情しかない。
由莉だって嫌がる東条をオメガのヒートに付き合わせるのは良くないと、ずっと前から思っていた。
「お互いのためにもその方がいいって、由莉ちゃんはもう分かってるよね?」
吹き込まれた言葉に震えながら頷く。
何も間違ってないはずなのに、胸の辺りがこんなにも痛い。
「うん、よかった。……首輪外して?」
どうなるのか分かっていて、選んだのは自分自身だ。
せめて東条さんが喜んでくれたら良いなと、そんなことを思いながら、ゆっくりと首輪に手をかけた。
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