運命じゃない人

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 見た目は何も変わってないはずなのに、身体が作り変わった感じがする。細胞が生まれ変わったような、そんな不思議な感覚に包まれていた。  自分が凪くんの番になったのだと、理解することがなんだか寂しい。本当なら喜ぶべきことのはずなのに、どうして素直に幸せだと思えないのだろう。  噛まれた項がまだ少し痛む。だけどそれ以上に、胸の方がずっと痛みを訴えている気がした。  正式な番になった後、由莉が申し訳なさを感じてしまうくらい凪は優しかった。  頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしていいか分からずに半分パニックになっている由莉を抱きしめ、「ごめんね。選んでくれてありがとう。大好きだよ」と何度も頭を撫でてくれた。  番になったばかりの相手が目の前でぼろぼろ泣いているなんていい気はしないだろうに、優しく声をかけてくれる凪にどれだけ救われたか分からない。  由莉が泣き続ける事を咎めたりせず、抱きしめるだけで再度セックスに持ち込んだりしないでいてくれたのは、確かに凪の優しさだった。  番となった後は本当に慰めてもらっただけで終わり、泣き疲れていつの間にか眠ってしまった由莉が次に目を覚ましたのは、夕方になってからだった。 「……あれ?」 「二時間くらい寝てたね。気分はどう?」 「あ……もう大丈夫で……あの、いっぱい泣いちゃってごめんなさい」 「うん? 全然いいよ。いきなり色々起こったから処理しきれなかったんでしょ? それは仕方ないことだから、これからゆっくり慣れていってね」  そう言いながら優しく頭を撫でられ、由莉は安心して目を細める。  ちゃんと好きでいてくれることが伝わって、それが素直に嬉しい。運命の番相手には不安になるばかりで、こういう安心を感じた事がなかった。  ずっとこうして欲しいと思う。  だけどしないといけないことはまだ沢山あって、凪の一言が由莉を現実に引き戻した。 「……さて、これからどうしようか? 僕の部屋、君の職場からそんなに遠いわけでもないんだけど、このまま僕のところに引っ越してきて一緒に住める?」 「え、あ……でも、一応周りへの報告とかもしないと駄目かなって思ってて。一緒に住むより先に、凪くんの家族に挨拶とかしておいた方が心象いいのかなって考えてたんだけど……」  正式に番になったから全て解決、というわけではない。  これからの生活だってあるし、番という繋がりがあると言っても、普通の恋人同士がするような事柄はアルファとオメガにも必要だ。  いきなり現れたオメガが自分の息子の番になったなんて、急に知ったらご両親は受け入れられないかもしれない。今まで他の男性と婚約していたのだから尚更、少しでも良く思ってもらえるように振る舞いたいと思うのは当然だ。  由莉の両親も、東条と婚約している事を知っている。  その辺りも先に説明しておかないと、凪が変に誤解されるだろう。  そして何より、東条とちゃんと話してからでないと、このまま凪と一緒にいることなんて出来ない。 「うーん。うちの事はそんなに気にする必要ないけど、由莉ちゃんがそうしたいならそうしようか? 僕もご両親にちゃんと挨拶しないといけないし」 「……うん、ありがとう」  言うと同時に軽いキスを落とされ、そのまま何度か唇を重ねてから一度離れる。 「今日はこの後どうするの?」と凪に訊かれ、色々あったから一旦帰って休みたいと伝えれば、凪はその通りにしてくれた。
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