違う匂い

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違う匂い

「着きました」とメッセージを送ってから、合鍵を使ってマンションの一室に入る。  廊下からリビングに灯りがついている事を確認し、恐らく東条はそこにいるのだろうと足を動かした。  どう切り出すかを頭の中で何度もシュミレーションし、扉の目の前で小さく息を吸ってからドアノブに手をかける。  リビングに入って由莉が声を出すより先、パリンッという陶器の割れる音と、「は?」という低い声が室内に響いた。 「え……?」  どうやらタイミング悪く、東条が手にしていたカップを落としてしまったらしい。  東条の足元で由莉の愛用していたカップが割れていて、中に入っていたであろう紅茶が床を汚している。  由莉の送った「着いた」のメッセージを見て、飲み物を用意してくれていたのだろう。  緊張していて声を掛けずに部屋に入ってしまったから、驚かせてしまったのかもしれない。 「ご、ごめんなさい! 急に入って驚かせましたよね。東条さんがコップ持ってるなんて思わなくて、すぐに……」  すぐに片付けますと、そう言って汚れた床に近付くつもりだった。  しかし言い切る前に近付いてきた東条に腕を掴まれ、そのまま見下ろされると言葉が止まる。  冷たい。というより、表情にも声にも温度が無い。 「……誰にやられた?」 「へ……」 「これだけキスマーク付けられて匂いでマーキングまでされてるんだから分かる。カラー取られて無理矢理噛まれた? 相手誰?」 「え……? あの、ちが、」 「早く言え。ちゃんと守るから、なあ」  空気が酷くピリピリしている。  まだ何も説明していないのに全て把握されているようで、掴まれたままの腕がギリギリと痛い。  無表情で見下ろされているだけで、言葉を紡げなくなるくらい圧を感じる。東条に対して初めて、怖いという感情が芽生えた気がした。
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