苦しいだけの愛なんだ〜婚約者の御曹司に執着されていたなんて別れを切り出すまで知りませんでした〜

違う匂い

「……え」
「何？　集中して」
「ま、待っていま、ひぅ……っ！」

　数秒待ってもう一度、ピンポーンと二回目の呼び出し音が響く。
　やっぱり聞き間違いじゃなかったと由莉は顔をあげるが、東条は由莉を押さえつけたまま動こうとしない。

「東条さ、や、離し……一回やめて……」
「やめないよ。静かにして」
「ひぁ、あっ……んくっ、ひ……」

　数秒おいてもう一度鳴らされるが、玄関に向かう人間なんて誰もいない。急かすようにまた数回インターホンが押されたが、家主は顔を出すつもりなど更々ないらしい。
　時間は分からないが恐らく夜中で、こんな時間に非常識な訪問だとは思う。それでも由莉にとっては今の東条を止める唯一の可能性だ。抱かれながら必死に、出た方がいいと訴えかける。

「あ、っひぅ、や……ね、とまって、インターホ、鳴ってる……！ 出なきゃ、っあ」
「嫌だ」
「ぅあ、あっ、も……くるし、ぃや、っいや……助けて……」
「出なくていい。誰も入れたくない。俺だけ見て」
「……っひ、う、うっ……」

　長いキスをされて、再度ぱちゅぱちゅと肌がぶつかる音が響く。
　連打されていたインターホンの音も、もう全く聞こえない。

「や、東条さ……またナカで出て、っひ、ぁ」
「うん。出したい」
「もっ、ひ……ふぁ、あ……とまって……」
「泣くのやめて」
「っひ、ぃう……っん、あ」
「泣くな、拒むな。……お願い、俺だけ見て」

　奥に押し付けられたままキスをされて、どうやって逃がせばいいのか分からない。
　ナカがいっぱいで苦しい。上手く呼吸もできない。

　分かっていたけど助けなんて期待できないのだと、由莉が震えながら息を漏らした瞬間だった。
　乱暴に玄関ドアが開かれた音が響き、次いで聞こえたのは怒鳴り声だ。

「ふっっっざけんじゃないわよクソガキ！！！！！」

　怒りを隠しもしない女性の声に、ピタリと東条も動きを止める。
　そのままズカズカと寝室に向かってくる足音に、一瞬頭の中が真っ白になった。

　誰が来たのか知らないけれど、流石にこんな姿を他人に見られるのはまずい。どうにか身体を隠そうと近くのシーツを掴み、慌てて引き上げたのと同じタイミングで乱暴に部屋の扉が開く。

「連絡もなしで約束破ったくせに居留守使うなんてナマやるんじゃないわよ！　合鍵持ってきてよかっ……た……」

　荒々しい言葉が少しずつ尻すぼみになり、入ってきた人物がベッドの方に視線を向ける。

「…………何やってんの、アンタ？」

　たっぷり間を置いてから室内に響く、不機嫌そうな一言。
　長い黒髪を揺らした綺麗な女性が、東条を睨むように眉間に深い皺を刻んだ。