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東条が由莉を連れてきたのは、接待でもよく使うらしい、上品な雰囲気の寿司屋だった。
奥にはいくつか個室もあるようで、カウンターの後ろを通り、奥の部屋まで案内される。
恐らく人前でしにくい話をすることになるから、そのための配慮だろう。
しかしそれ以前に、自分の服装が場違いに思えて仕方なかった由莉は、他の客人から見られる心配のない個室が純粋に有難かった。
「さて、まずお互いに自己紹介でもする? 君のこと教えてよ」
机を挟んで向かい合う形で座り、一度店員さんが席を外したタイミングで東条が切り出す。
お互いのことを何も知らない状態なのに婚約が決まっているなんて、なんだか変な感じだ。政略結婚のお見合いでさえ、多少は相手のことを知った状態で決まるだろう。
しかし、この婚約はまだ口先だけの話である。
運命の番だから仮置きでそういう役職が与えられただけであって、合わないと思ったら容赦なく破棄されるだろう。
結婚するしないの決定権を持っているのは東条の方だけだ。
せめて嫌われないようにしたいと思いながら、由莉は頭の中で自己紹介の言葉を組み立てる。だてに何社も面接を受けてきたわけではない。
「本日から東條百貨店カウンターに配属された、葉月由莉と申します。両親と弟の四人家族で、就職を機に一人暮らしを始めました。大学では経済の勉強をしておりまして」
「待て待て待て。なにその面接みたいな自己紹介」
「え……あ、普通に話すの、緊張するので……」
由莉自身、なんとなくこれは違うんじゃないかなと、東条が怪訝そうに表情を曇らせていくのを見ながら感じていた。
だからといって、自分の話をうまく出来る自信がない。
普通の自己紹介をしようと思っても何も思いつかず、結局、企業面接でするような話し方になってしまった。
「分かった。じゃあ俺から質問するから答えて」
「え……?」
「嫌なことは答えなくていいから、出来る範囲で教えてくれる? じゃあ一つ目」
返事をする前に話を進められ、人差し指を立てた東条が由莉に視線を投げる。
「今まで付き合った人数と現在の恋人の有無。付き合ってなくても、今好きな奴とかいるなら教えて」
「……あ」
なるほど。そういう類の質問になるのか。
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