ねらいうち

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 三人目は山基凛。名前とはギャップある五十代の女性だった。かっぽう着、和手拭いのヘッドスカーフという典型的な昭和の家政婦姿であった。こざっぱりして顔立ちは整っている。 「山基さん。貴方は山治郎さんが亡くなった晩に山治郎さんの部屋に行かれましたか?」 「はい、7時頃夕食をお運びして、8時にはお下げいたしました。あの晩、旦那様から10時過ぎにもう一度呼び出され足をさすったり、背中をお揉みいたしました。まさか、その晩にお亡くなりになってしまうなんて...」  山基凛はかっぽう着のポケットからガーゼのハンカチを取り出し鼻水を拭い、涙を拭き始めた。 「山基さん。あなたは昨晩のようなマッサージによく呼び出されるのですか?」 「はい。ただ、今月になって頻度が高くなり今週は毎晩のようにお呼びになっておりました」 「その時、何か気が付かれたことや変わったことはありませんでしたか?」  山基凛はしばらく目を閉じて考えていた。まつげが長い。やがて顔を上げ 「そう言えば、マッサージの最中昭和の歌謡曲がよくかかっていました。旦那様がお好きだった歌のところでは一緒に鼻歌でハミングしておりました」 「山基さんがご存知の曲でしたか?」 「いいえ。まったく知りません。わたしの好みは山口百恵です」 「山下達郎もいいですけどね。あっ、これは失礼。それ以外に何かありませんでしたか?」  山基凛は顔を上げると意外に大きな目で遠くを見つめるように言った。 「旦那様はマッサージしていると時々自然に眠ってしまわれました」 「そうですか。山治郎さんが亡くなった晩はどうでした?」 「はい、あの日もいつもの昭和歌謡がかかっていました。わたしがマッサージを始めると旦那様は腹ばいになられて背中を向けて『そうそう。裏がいいんだよ。心臓の裏。そこが一番気持ちい。凛、そこを狙って押してくれ』と言われましたのでそういたしました。旦那様はそのうちおやすみなられたようなのでわたしはそっと引き上げさせていただきました」  山基凛は握りしめていたガーゼのハンカチで目元を拭い、鼻をかんだ。 「ところで、山基さんはいつからどうしてこの屋敷でお仕事をなさっているのですか?」 「はい、半年前に家政婦の派遣事務所からここへ来るようにと指示されました」 「住み込みですよね。失礼ですがご家族は?」 「おりません。わたしは十八まで養護施設で育ちました」 「そうでしたか...山基さん。貴方は...いや、どうもありがとうございました」 「係長!最も怪しいのは山基凛ったようですね。でも、動機がありません」 「山田君。山基凛に動機はないな。むしろ、山丘山治郎に動機があった。山治郎は自死だ」 「えっ~⁈ 係長。どういうことですか?」 「山治郎は山基凛に向けてダイイングメッセージを残したんだよ。君は既にヒントを言ったじゃないか」 「かっ、係長。ますますわかりません!」
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