《臆病者の涙》

1/1
前へ
/50ページ
次へ

《臆病者の涙》

 アジトを離れて恵良が請け負うはずの警備に当たる河南と白道ではあるが、警備の者はウサギ耳の生えたおっさんの白道に銃を構えた。 「河南さん、こいつは何者ですか?」 「そう威嚇するな。えっと……、俺の用心棒なんだ。訳はあとで話す」  二人の見張りが首を傾げたので「変わるからお前らは帰っていいぞ」塔の見張りを変われば二人は訝しんだ様子ではあるが帰って行った。  河南が息を吐き出した。隣では白道が煙草に火を付けようとしている。河南の鋭い眼光が輝いた。 「おい、俺の前で煙草吹かすなんざ良いご身分だな」 「いいじゃねぇか別によ。煙草ぐらい」 「俺の健康的な肺を汚す気か?」  だがそれでも白道は隣で煙草を吹かしていた。ニコチンとタールの香りを孕んだ空気が河南の肺を侵す。  厳しい視線を向ける河南に白道は喉元で笑う。 「河南は冷静だよな。いや、冷静というか……臆病だな」 「……なにが言いたい」  ガンベルトに手を掛けようとするがその前に白道の空いた手で阻まれた。S&W29に手を掛けられることはない。ただ、この男に撃てたとしても、無傷であるのは周知である。  白道が阻んだ手を固く繋いだ。 「なにに怯えているんだ? 敵の攻撃か? 味方が殺されることか?」 「……うっせぇ」 「じゃあ、――自分に自信がないのか」  その言葉に河南は心臓を跳ねさせた。同時に動悸もする。確信を突きつけられたからだ。だんまりを決め込む河南に白道は煙草を床に押し付けた。 「お前とリンクして頭のなかを覗いているときにわかったんだ。あー、こいつは仲間を想いやってる。仲間の為なら自分の手が汚れても構わない……ってな」 「勝手に人の頭ん中、覗くんじゃねぇよ」 「覗いちまったものは仕方ねぇさ。だから俺が勝手に誓う。――俺はお前を裏切らねぇよ」  白道の低く優しさを含んだような声質と言葉に河南は泣き出しそうになったのを抑え込んだ。普段は仲間にさえ言ったことがなかったからだ。  だが泣いてしまえば弱みを見せてしまうような気がしてぐっと心に溜め込んだ。  白道が肩に手を回し寄り添う。 「そう自分に科せるな。辛いときは泣いたって良いんだぜ。色男の胸でな」  視線を合わせればニヒルに微笑む白道と交じり合い、重なってキスをする。煙草の味がするがそれでも良かった。  そのまま白道の熱い胸板に流れ込み、静かに泣く。人前で泣いたのは初めてかもしれない。 「よーし、よし。お兄さんの胸で泣いた良いんだぞ~」 「……うっせぇ、馬鹿」  それでもこの胸に込み上げてくるものは、溢れてくる涙はなんなのかはわからない。しかしそれでも、白道の胸で泣いていると腹に抱えていた複雑な思いが消化しきれたような気がした。  そして二人は夜の番を迎えるのだ。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加