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第二章 ①⓪
指定された居酒屋前には圭介達以外、誰も来ていなかった。
待ち合わせの約束の時間までまだ15分近くある。
圭介は店先に立ちスマホを取り出し時間を確認する。まだ少し早すぎたか。
「先に入ってようぜ」
飛田がいい、地下へ向かう階段へと足を踏み入れた。
「待ってなくて平気か?」
「どうせ斉藤の名前で予約してんだろ?」
「それもそうだな」
「待つなら中に入ってる方が楽だし」
圭介は頷き、飛田の後に続いて階段を降りていった。
「19時から予約している斉藤ですが」
出迎えた男性店員に飛田が尋ねる。
「少々お待ちくださいませ」
男性店員はいいレジ横に置いてあるノートを手に取った。ページを捲り
「斉藤こだま様のご予約で、5名様で宜しかったですか?」
「うん。それそれ」
飛田はまるで旧友と会話しているみたいにフランクな返しをした。
「こちらへどうぞ」
男性店員を先頭にし座敷へと案内された。
しかし、飛田はこんなにフランクな奴だったか?圭介はそんな飛田の姿が不思議に感じられた。
未だ高校時代の飛田のイメージが圭介の中に根強くあるのかも知れない。人は月日と経験を重ねると変わるものだという事実を、圭介は改めて実感させられた気がした。
ましてやお互いもう社会人だ。学生のままでいられるわけがない。飛田だって彼女の1人や2人いてもおかしくない年齢だ。早い奴なら結婚だってしているだろう。
「5人って言ってたけど、誰が来るんだ?」
畳に腰掛け圭介が飛田に尋ねた。
「斉藤に小野夢子だろ?」
「で、俺達2人で4人。後1人は?」
「長谷って覚えてるか?」
「長谷?あぁ 憶えてるよ。いつも休みになると小説読んでたよな」
「そうそう。その長谷が来るらしい」
「長谷と斉藤達って付き合いあった風には見えなかったけどな」
「何でも斉藤こだまが、ここでバイトしてる時に、ちょくちょく男と飲みに来てたらしいわ。んで、昔話に花が咲いたってわけでもないだろうけど、高校時代とは違って意気投合したんじゃね?それから仲良くしてるらしいわ」
「へぇ。そうなんだ」
「そうなのよ」
そんな会話をしているといきなり座敷の障子が力強く開けられた。斉藤こだまを筆頭に小野夢子、そして長谷が顔を現した。
斉藤こだまと小野夢子は何となく想像していた通りで、化粧もどことなしか派手さが目だった。
2人は社会人として、そして大人な女性としてしっかり適応している雰囲気を見に纏っている。
その後に続いて入って来た長谷は2人と対照的に化粧はしているものの、スッピンと言われても信じてしまう程の薄化粧だった。
高校以来の再会になるが、斉藤こだまと小野夢子に比べるとまだ幼さがあった。圭介は長谷に向かって軽く手を上げ、それを挨拶代わりにした。
3人は3人とも飛田と圭介の前に座る。
「注文した?」
斉藤こだまが飛田に向かっていった。
「お前らが来てなかったから注文なんてしてねーよ」
「ダサっ。私達が到着する時間を見込んでビール頼んどけよな。気が効かないのは相変わらずだなぁ」
斉藤こだまは言いながら再び立ち上がると障子を開けた。
そんな斉藤に飛田が突っかかるが、斉藤は意に返さず、こちらは本当の旧友に会ったようでに、店員に向かって
「あっ!工藤くんお久しぶり!元気してた?」
と言うと、相手の返事も待たずに
「とりあえずこっち中生5つね!」
と大声で言った。
言われた工藤という店員は苦笑いしながら頷いた。
「皆んな元気してた?」
斉藤の音頭でとりあえずのビールで乾杯した後、斉藤は中ジョッキのビールを一気飲みし、再び、注文した後で、そう言った。
「お前みたい元気じゃないけどな」
飛田がジョッキを口に運びながら言う。
それを観た小野夢子と長谷が笑った。
「仲野部は元気?」
飛田を無視しながら斉藤が圭介に向かってそう言った。小野夢子は飛田と長谷の3人でメニューに目を通している。
まるで早く決めないと勝手に斉藤に決められてしまうのを恐れているようだ。
飛田が呼び鈴を押すと直ぐに店員が現れた。さっきの工藤という店員とは別の男が現れ、3人から注文を受けている。
斉藤は何が食べたいのかな?という飛田の質問に小野が、こだまはビールさえあればご機嫌だから、なんだって平気だよ、といい、飛田の気遣いを簡単にあしらった。
「元気だよ」
「仕事は?」
「楽しいよ」
「仲野部って確か、お父さんの後継いだんだっけ?」
「あ、うん。そうだよ」
「後継ぎって、何やってんの?」
「職人みたいなものかな」
「職人?」
「あぁ」
「大工とか?」
「みたいなもんだな」
実際、大工ではないが似たようなものだと圭介は思った。木材を削ったり木槌で打ち込んだり、切り落としたりする所など似ている。ただ、それが木か人間の違いだけだ。
「へぇ凄いね」
「別に凄くはないけど」
圭介が言うと同時に再び頼んだ斉藤こだまの中生が運ばれて来た。嬉々として受け取るとそれをまた半分ほど一気飲みした。
次々とつまみ類が運ばれて来ると、自然と斉藤のテンションも落ち着き始め、それぞれが近況報告をし始めた。
斉藤こだまは映像系のホワイト企業に就職し、営業部として働いていて、そこの上司が今彼らしい。
「彼氏、38歳なんだけどさぁ。けど結婚しようってしつこいから別れようかと思ってんの」
「お前は結婚したくないのか?」
顔を赤らめた飛田が尋ねた。
「将来的にはしたいと思うけど、今は全く考えてない」
「でも、早い方が何かと良くないか?」
「それは飛田の考えでしょ?私は違うから」
「そうかよ」
「そうよ」
「なら幾つくらいがいいわけ?」
小野が聞く。
「私は35過ぎてからでいい」
小野はフーンといいながらカルピスサワーに口をつけた。
「夢子はどうなの?」
「私?私は30までにはしたいかな」
小野夢子が言った側から斉藤こだまは長谷の方を覗き込んだ。
「長谷は?」
「結婚かぁ。正直考えたことないかな」
長谷はいい、上目遣いで天井の方を見た。
「やっぱ、夢の方が大事なんだ?」
「うん。今はね」
「夢って何だよ?」
長谷の言葉に飛田が食いついた。
「あんたには関係ないでしょ!」
斉藤が一喝し、すかさず彼女いんのかよ!と長谷の夢の話から話題を逸らそうとした。
「いるよ」
「嘘つけ」
アルコールの勢いも手伝ってか斉藤はズカズカと飛田に食いつく。圭介はそれを黙って眺めていた。
「なら写メ見せてよ」
そう言う小野夢子の言葉に飛田は満更でもなさそうだった。
スーツのポケットからスマホを取り出し少し弄ってからスマホを斉藤達の方へ向けた。
斉藤こだまが受け取ると3人の女性が同時にスマホ画面を食い入るように眺めた。
「飛田さ」
斉藤こだまが真面目な表情でそう言った。
「何」
「あんた騙されてるよ」
「何だよそれ」
「だってこんな美人が飛田の彼女なわけないじゃん!そうだとしたら、絶対何か企みがあって飛田と付き合ってるに決まってる!」
うんうんと小野夢子と長谷が頷いた。
「俺を騙した所で、何も得られる物なんてないからな?」
「まぁ、それもそうか」
「納得されるのも、何かムカつくなぁ」
「美人過ぎて美的感覚がイカれちゃってんのよ。でなきゃまかり間違えたって飛田なんかと付き合うわけないし」
「お前ら俺を何だと思ってんだよ」
「どうどう」
斉藤こだまが動物を落ち着かせる時のような仕草を見せた。
「うるせーよ」
飛田は笑いながらそう言った。
3人にいじられた事は満更でも無さそうだ。
追加で飲み物を頼んだ。待っている間、小野夢子は最近、彼氏と別れたと話した。
「妻子持ちだったのよ。付き合った時は全く知らなくてさ。最近、わかったんだよね」
「どれくらい付き合ってた?」
「1年半」
「えー!その間気づかなかったのか?」
「全く気づかなかった」
「馬鹿だなぁ」
「うん。私も馬鹿だって思った」
小野夢子は元彼が妻子持ちだとわかったのは、同僚とディズニーシーに行った時だったらしい。要するに元彼の家族と鉢合わせたわけか。
「ディズニーシーが修羅場と化しましたとさ」
下品に笑いながら飛田が言った。
「残念ながら私は大人だから修羅場にはならなかったわよ。ただ後をつけて家族の写真を隠し撮りして、その場で送りつけてやったの」
「何て言って送りつけたんだよ?」
「今ここにいる人達はとっても幸せな時間を過ごせてて、凄く羨ましいなぁ。私もさっきまではその中の1人だったけど、今はその幸せな気分はめちゃくちゃに破壊されちゃった。何故でしょうか?て送ってやったの」
「小野、お前こえーわ」
「騙したのがいけないんじゃん」
「それからどうなったの?」
長谷が聞いた。
「別れましょうと告げて、速攻ブロックした」
「簡単に諦めてくれたのか?」
余ったシーザーサラダを摘みながら圭介が尋ねた。
「数日後、家の近所で待ち伏せされてて色々、アホみたいに言い訳してだけど、私、不倫とか無理だからって話して別れて貰った」
「でも、待ち伏せするくらいだからまだ小野に未練ありありなんじゃないか?」
飛田が言った。
「だから別れてくれないなら、全て奥さんに話すって脅したら、あっさり引き下がってくれたよ」
「夢子、中々やるじゃん!」
「てなわけで、私は今、フリーなわけ」
「て、事は彼氏彼女持ちは俺と斉藤だけか」
「そうなるな」
皿の上に箸を置きながら圭介がそう言った。
「所で小野は何の仕事してんの?」
かなり酔いが回ったのか、とろんとした目を小野夢子に向けながら飛田が言った。
小野夢子はインターネットのホームページ制作会社で、飛田はコピー機の営業販売をしている。長谷はフリーターで生計を立てていると話した。
長谷は夢を追いかける為にフリーターをしている。圭介はその夢が何なのか知っていた。が、飛田は知らないようなので、口にはしなかった。斉藤こだまが長谷の夢の話が出た時、すかさず話を逸らした事を圭介は覚えていたからだ。
その後、2時間ばかり飲み食いした後、居酒屋前で皆んなと別れた。遅くなり過ぎると電車も混むからだ。
「仲野部も都内に越して来ればいいのに」
「後継ぎなのに、出られるわけないだろ」
「ま、そりゃそうか」
二次会にも誘われたが圭介は断った。帰宅出来なくなるからだ。
それに早朝の釣りもある。今では1人で行っているから、遊んでていけなかったという理由を圭介は作りたくなかった。
ルーティンというものは、呪いのようなものだ。
そこから一旦、外れてしまうと、自身の中に罪悪感が沸き起こる。そんな気持ちに圭介はなりたくない。
だから二次会は断ったのだ。女性陣からはブーイングが出たが、圭介は澄ました顔で、店の前で全員と別れ1人新宿を後にした。
帰りの電車の中で皆の顔を思い出す。もしあの場所に茂木がいたらもっと楽しかったに違いない。そんならしくない郷愁に浸りながら圭介は窓の外を流れゆく景色をただ眺めていた。
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