第八章 ①⓪①

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第八章 ①⓪①

帰り道、永剛は河川に寄り道をして土手の上からウシガエルの死骸が入ったゴミ袋を投げ捨てた。 こんな死骸を何故、わざわざ花壇の横に埋めなければいけないのか。綺麗な花が見れてカエルが喜ぶ?そんな馬鹿な話はない。死んでいる生き物が花を見れるわけでもなければ、喜ぶ筈もない。 ましてやこいつはゴキブリだって平気で食べてしまうウシガエルだ。花なんて見た所で、見向きもしやしない。 永剛は苛つきながら河川を後にした。今日の事で反省、いや後悔があるとするならば、遠藤冴子の制服の中に、ウシガエルの死体を入れられなかった事くらいだ。 床の上で女座りをしながら泣きべそをかく遠藤冴子の姿をこの目で見たかった。だがそれはゴミ袋の中に入って遠く投げ捨てられた儚い夢だ。 永剛はあてもなく町中をふらつきながら、何度も何度も叩き潰したウシガエルの姿を思い浮かべた。帰宅するといつものようにブリーフとランニングシャツを脱いで石鹸で付け置きした。 冷えた水を一気飲みした後で裸のまま部屋をうろついた。押し入れの中に入らなかったのは、気持ちがモヤモヤしていたからだ。宿題も予習も復習もやる気が起こらず手につかなった。 自分でもイライラしているのは気づいていた。 腹いせに至る所にいるゴキブリを手で叩いたり足で踏み潰したりした。無数のゴキブリの残骸を目の当たりにすると、胸の奥がスッとし幾分気持ちが晴れた。 その後で壁時計を眺め、母が帰宅するまでの時間を逆算した。そして再び冷蔵庫に向い、コップに水を注いだ後、昨夜食べた残りのキュウリの半分を手に取った。切り口を下に向けそれを床に立て周りにガムテープを貼りキュウリを固定した。足を広げてその上に立つとウンコをする要領でキュウリの上に肛門を近づけた。 楕円形の先が肛門に触れりと冷んやりとした感触に思わず溜め息が漏れる。ゆっくりと腰を下ろすと表面についたイボのような棘が肛門の周囲を刺激していく。 直ぐに勃起し、永剛は自分のペニスを掴んだ。母とは違い自分でする時は射精まで少しばかりコントロール出来た。けど、気持ちよくなってくると自分自身を制御する事が出来ず、しごく手を止められなかった。 その点母は違って、機嫌の良い時は特に永剛の息遣いや表情の変化を細かく観察して、永剛を困ららせた。早くイキたくてもそれを許さなかったり、そうならないように工夫を凝らした。 だが永剛は母にされる時とは違って気持ち良くなると全力でペニスをシゴいた。肛門に入ったキュウリも奥深くまで入れ必死に腰を動かした。射精しても腰の動きを止められない時もままあったりした。 永剛は鬼頭を撫でながら、更に腰を沈めた。その動きに周りにいたゴキブリ達が反応する。大きなゴキブリは小刻みに触覚を動かしながらゆっくりと永剛の側から離れていった。反対に産まれたばかりの小さなゴキブリの子供が永剛の足の指を登り踝の所で止まった。そちらに目をやりながら永剛は冷んやりとしたキュウリの質感が腸の方へと伝わっていくのを感じていた。肩に力が入り永剛は思わず身体を仰け反らせた。 ペニスを握る手に力が入り透明な汁がペニスの先から溢れ出た。 滑りを得たペニスはより鬼頭を刺激し、触れる度に背筋に電流が走った。目を閉じると爆竹で殺されたウシガエルの姿が蘇って来る。 足が千切れ内臓が飛び散る。弱々しい心拍音が永剛の耳に届けられウシガエルは力無く地面へ叩き落とされた。 その姿に永剛は前後左右と頭を振りながら出てくる精液を迎える為に空いた手をペニスに近づけた。手の平を上にして指を広げた。そこへ向け永剛は射精した。精液が飛び生温かい温もりが手の平に伝わって行く。 ゆっくりと息を吐きながら、永剛は次々と出て来る精液を迎えた。静かに腰を上げ肛門からキュウリを抜いた。手の平に出し切った精液を眺めながら、その手で床を這うゴキブリを叩き潰した。永剛は未だ息のある潰れたゴキブリと一緒に精液をティッシュで拭くと踝の所で休んでいる小さなゴキブリもついでに叩き殺し、立ち上がった。 トイレへ行きゴキブリと精液が混ざったティッシュを投げ捨てた。手を洗いトイレの水を流す。勢いよく流れていくティッシュを眺めながら、永剛はキュウリを洗わなきゃと思った。 今晩、母が食べるかもしれないからだ。薄切りにして他の野菜と一緒にマヨネーズをつけて食べるのか、味噌をつけそのまま齧るのか、永剛にはわからなかった。ただ母がキュウリを食べるのは確かだった。 でも思いがけず母はキュウリを使って僕をオモチャにするかも知れない。どちらにしても、このキュウリを捨てるわけにはいかなかった。永剛は洗ったキュウリをタオルで拭いてから冷蔵庫へと戻す事にした。 永剛に向けられるクラス全員の目が、理科の実験以降、明らかに変わったのは教室に入った瞬間、肌で感じられた。机の上にはコンパスか彫刻刀を使って、彫られた文字があった。 「気持ち悪い」「死ねばいいのに」「いなくなれ」「ゴキブリ野朗」等と彫られていた。 確かに自分自身、誰からも好かれていない事はわかっていた。だが今は昨日の理科の実験の時に永剛が取った行動によってその気持ちに拍車がかかり、より強固のものに変わったようだった。 そのような鋭い視線を肌で感じながら永剛は鞄から教科書を取り出し机の中へしまった。椅子に座ろうと引き出すと座る箇所に無数の画鋲がセロハンテープで止められていた。 それを見て永剛は思わず吹き出した。こんな朝から誰が仕掛けたのかは知らないが、さぞ自分が気づかずに座り痛がる様子を見たかったのだろう。あぁ。そうか。昨日早退したから、準備は昨日の内にされたのかも知れない。 永剛は画鋲を見つめながら一瞬、迷った。わざと座って楽しませててやろうか。それとも別な方法で驚かせてやろうか。永剛は後者の方を選ぶ事にした。 視線を椅子から離し、教室を見渡した。まだ半分くらいの生徒しか来ていないが、その生徒全員と目が合った。 永剛に向けられるその者達の目には明らかに軽蔑や憎しみが込められていた。永剛はその者達へ向けて笑顔を作った。後ろ手に椅子の背もたれを掴む。手前へ引き持ち上げた。画鋲が、集まっている生徒達に見えるようにして椅子を抱き抱えた。 その瞬間、何かが起こると察したのか複数の女子の身体がピクリと動いた。永剛はそんな女子達を見逃さなかった。そちらから目を逸らさず、画鋲のついた座面を見せつけながら、永剛は右手を大きく振り上げた。手の平を広げ、力一杯画鋲のついた座面へ向けて振り下ろした。 何度も何度も何度も手の平を画鋲へ打ち付けた。その光景を目の当たりにした女子はその場から一歩も動けなかった。何だ。リアクション無しか。つまんない観客だな。悲鳴をあげるとか、逃げ出すとか色々なリアクションの取り方があるじゃないか。少しは反応くらいしろよ。 永剛はその女子達から視線を外し他の生徒達の方へ向き直った。同じように画鋲に手の平を打ち付けて見せるが、やはり誰もが無反応だった。というより、自分の頭の中にある想像以上の事が目の前で起こってしまい、その余りの衝撃に身動きが取れなかったのだろう。 その後、永剛はしばらく画鋲を叩き続けた。 そして椅子を置くと右腕を肩の位置まで上げ、水平に伸ばした。歯を剥き出しニヤニヤ笑いながら女子達に向けて手の平を突き出した。その姿勢を保ちながら、女子達へ向かって一歩踏み出した。と同時に女子達は散り散りに逃げ出した。ベランダへ逃げる者や他の生徒の方へ駆け出す者など逃げ方は様々だった。 「血くらいでそんなに怖がる事ないじゃん。君達だって同じ色の血が身体を流れているだよ。昨日、僕が殺したウシガエルだってそうさ。あんな見た目な癖に血は僕らと同じで赤いんだ。信じられるかい?それに君達は毎月一回、生理が来るだろ?その時、沢山血を見てるじゃない?この程度で驚いたり怖がるのは、僕からしたらあり得ない。猫被りもいい加減にしてくれないか。あ、でも、中にはまだ初潮を迎えてない人もいるのかな。わかんないけどさ」 永剛はいい挙げた腕を下げ、座面に貼られた画鋲を1つ1つ剥がして行った。取り外した画鋲は机の側面に押し付けた。永剛は鞄を掴み机の横にかけた後、椅子を引き寄せそこへと座った。 永剛が朝にしでかした事は、続々とやってくる生徒へと直ぐに伝えられた。当然、その事は遠藤冴子の耳に入り、他の女子からその話を聞いた遠藤は、元からそういう性格なのかも知れないが、遠藤は永剛に聞こえるような大きな声でこういった。 「だから私は止めなって反対したでしょ? 確かに理科の実験の時に、あいつが取った行動はわけわかんないし、異常だと思ったけど、だからってあぁいう仕打ちはただのイジメだからね。それに英だって画鋲が仕掛けられたのは昨日の自分の取った行動のせいだって気づくに決まってるでしょ?そうなったら、あいつだって後には引けないから、やり返そうって思うわよ。あんな風な人だけど英くんはクラスで1番、頭が良いんだよ?そんな男子が、嫌がらせやめろって文句いうだけで済むと本気で考えたの?甘いよ。英はそんな単純な奴じゃない。そうならカエルを叩き殺すような真似する訳ないじゃん。それが証拠に英は皆んなが思わず目を逸らしたくなるような事をした訳じゃん?」 そのような遠藤の言葉を聞いて永剛はフゥ〜んと思った。遠藤は永剛の椅子に画鋲を仕掛ける事を反対したのか。その理由は自分ではよくわからなかった。 やっぱり永剛の仕返しを恐れて反対したのか、単にイジメを止めさせる為に反対したのか、永剛には分かりかねた。 だがその言葉で、遠藤に抱いていた印象は少しばかり変わった。永剛は机の上に右手を置き手の平を眺めた。 画鋲が刺さった箇所には赤く小さな斑点があった。所狭しと永剛の手の平に残っている。血はもう出ていなかった。永剛は自分のその手を不思議そうに眺めながら1限目が始まるのをジッと待っていた。
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