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第八章 ①⓪⑤
第6の殺人事件が起きたとの一報が入ったのは山々に秋の彩りが見え始めた10月の中旬の事だった。不謹慎ではあるがそれを聞いた小川はまるで逆転サヨナラ満塁ホームランを打った選手自身のように、
「っしゃー!」
とガッツポーズをした程だった。
小川と泡沢は直ぐに現場へと臨場した。
被害者の身元は既に割れていて名前は畑野夢乃 年齢は19歳。千葉市内でデリヘル嬢として働いていたようだった。
鑑識の話によれば死因は絞殺。紐状の物で頸部を圧迫された為の窒息死。その後に両の乳房を刃物で切り落とされた模様。乳首に安全ピンが刺さっていたのは畑野夢乃自身が行っていた可能性が高く、犯人の性的嗜好とは見做されなかった。女性器から精液が検出されたが、性的暴行の痕は見受けられず、犯人は性行為の後、被害者である畑野夢乃と何らかのトラブルとなりに突発的に犯行を行った思われた。
「ったく!期待して来てみりゃ何だこれは。鰐男の犯行じゃねぇじゃねーか」
小川が言った。
「鰐男の犯行ではないと?」
「一目瞭然だろ。鰐野朗は精液なんか残しやしない」
「ええ」
「だから行為の後で揉めて殺してしまい、慌てたホシが自身の犯行を誤魔化す為にわざと乳房を切り落としたのさ」
「鰐男の犯行に見せかける為ですね」
「あぁ。それに見てみろ。腕の関節、肘裏に切り傷があるだろ?これは恐らく腕が切断出来なくて諦めた痕だ。鰐男なら1発で綺麗に切り落としているよ」
小川が現場検証の為に地面に落いてある袋に入っ乳房を持ち上げた。
「それに乳房の切断面を見てみろ。ザンバラで不恰好だ」
「そうですね」
「鰐男に殺害されたガイシャの部位にこんな汚ねえ切られ方された奴いねーだろ?」
「ええ
「だから、あれだ。このガイシャをやったのは客か、その店の従業員って所だろうよ」
「でしょうね。私もそう思います」
泡沢は言った。
「ガイシャの足取りを辿れば直ぐにホシは割れるさ」
小川は俺らのヤマじゃねーなというと、所轄に全てを押し付ける形で現場を後にした。当然、泡沢も後を追った。
翌々日、畑野夢乃殺害事件のホシはあっさりと逮捕された。ホシは前々から畑野夢乃にいいよっていた常連客だった。毎度のように本番を要求していたが断られ続けた畑野夢乃に対し、ホシは別料金で5万円払うからとそれで本番をさせてほしいと頼んだが、それでも畑野夢乃が断って来た為にカッとなり、髪の毛を掴み押さえつけ無理矢理本番に持ち込んだようだった。
その後に畑野夢乃から本番強要された事を店に報告すると脅され、部屋にあった引っ越し用の荷物紐で首を絞め殺害したそうだ。殺してしまった後でホシは畑野のスマホを使い、店のLINEを使い体調不良で直帰する旨を伝えた。その後でホシは鰐男の仕業に見せかける為、風呂場で乳房を切断したようだった。3日後にはここのアパートを出て別な場所へ行くから、それまでは捕まりはしないと鷹を括っていたらしい。
「鰐男も今回のヤマみてぇに簡単に捕まえさせてくれね〜か」
「ま、無理でしょうね」
「ったく情けねぇったらありゃしねぇな」
「全くです」
泡沢はいい、どうすれば鰐男にに近づけるんだ?と思った。このまま犯行が止まれば、その分だけ未解決事件へと一歩、一歩、近づいて行く。
それだけはさせたくない。させるわけには行かない。
時効というものが排除された今、人生をかけて鰐男を追う事も可能となった。が、それは現実的じゃないし、実際には出来はしない。
世の中には退職した後も残りの人生をとして未解決事件を調べ続ける元刑事もいるが泡沢が自身にそれが出来るかと問えば無理だと答えるだろう。それにやはり事件を解決するのは現役の刑事の仕事だと思っている。
確かに他の事件だってあるわけだから、鰐男だけにかまけるわけにもいかない。今は担当でいられるが捜査本部もほぼ解散状態になっている現状からみても、このまま新たな殺人が起きなければ、この捜査が打ち切られるのも時間の問題かもしれなかった。
泡沢は悶々とした胸の内へ手を突っ込み引きずり出し、ズタズタに引き裂いてやりたかった。そしてスッキリとした気持ちで刑事という職を全うしたいと、今、切に願った。
だが刑事という生き物がスッキリとした気持ちでいられる事がないくらい泡沢もわかっていた。事件の被害者、遺族、被疑者の家族など、そんな人達の思いなどと向き合いながら生きていかなければならないのだ。
日々の捜査は未だ何一つの手掛かりもなく八方塞がりの無限ループの沼に嵌り、抜け出せない囚われ人となっていた。
泡沢は心が折れないよう、日々を丁寧に生きて行くしかないと、いつしか1人勝手に居なくなった小川を探しながらそう思った。
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