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第二章 ①①
5月5日の早朝、5人目のバラバラ死体が市内のパチンコ屋の裏で見つかった。
私は小川さんからの一報で飛び起き取るものも取らずに部屋を飛び出して行った。
タクシーを呼び止めパチンコ屋の名前を告げた。
およそ20分程度で着いた時には既に数台のパトカーと制服警官が辺りの交通整理に勤しんでいた。
私はタクシー代を置いてお釣りを受け取る事も忘れ、車が行き交う道路を小走りで渡った。
死体が発見されたパチンコ屋の裏へ行くと既に小川さんと数名の刑事がブルーシートで隠された死体を囲むように腰を屈めていた。
「おはようございます」
「おう。来たか」
「遅くなってすいません」
「見るか?」
小川さんは私の返事も待たずにブルーシートに手をかけ、一気に捲り上げた。
死体は頭と四肢が切断されているが、その姿はまるで、遊び疲れて休憩を取る為に座っているようにも見える。
死体の身体は壁にもたれており、両腕は腹部辺りで手の平を上に向けて置かれている。足は伸ばされ肩幅程の広さに開かれていた。ご丁寧にも犯人は切断した害者の頭をその両手の上に置いていた。
「何の為にこんな事しやがったんだ?」
小川さんが言う。
「何かを象徴している風な事は今まではなかったのですか?」
「ねーな。無理にあると推測するとすれば、あえて死体が発見されるように無造作に捨てられていた、って事くらいか」
「これじゃ、一瞬、みただけじゃ死体とは気づかないですね」
「一瞬、じゃあな。けどよく見ると違和感に気づいて、腰を抜かす」
「でしょうね」
だってあるべき所に頭がないのだから当然だ。
私はその言葉は口に出さず飲み込んだ。
「泡沢よ〜」
害者の死体に再びブルーシートを被せながら小川さんが言った。
「はい?」
「反応は?」
一瞬、何の事だかわからなかったが、小川さんの眼光鋭い二つの眼に睨まれたら、嫌でも思い出した。
「無いです」
電話で起こされた為に、シコって来る事すら忘れてしまっていた。そして今も死体を見る限り、股間に反応はない。
死体の片付けが始まり、私と小川さんは一旦、署に戻る事にした。
正直、現場付近を捜索したかったが、小川さんがそれをさせてくれなかったのだ。黄色い規制線をくぐり小川さんが乗って来た車に同乗した。
エンジンをかけハンドルを回した。小川さんが腹減ってないか?と尋ねて来た。
「減ってます」
「どっかのファミレスでも入って改めて事件を洗い直すか」
そう言った癖に、小川さんは結局、車で署まで戻り、私に朝マックを買って来させた。
当然のように代金も私持ちだった。
「害者の身元はわかったのですか?」
「まだだ。身分が分かるものは何一つ携帯していなかったからな」
「そうでしたか」
「だが今、指紋照合をしてるから直ぐにわかるだろうよ」
「そうですかね」
私は何故かわからない気がしてそう答えた。
「おいおい。お前さんが言ったんだぞ?」
「え?何をですか?」
「殺される奴は悪党だって言ってたじゃねーか」
あぁ。そう言えば随分と前にそのような事を言った記憶がある。
県警に来て直ぐにバラバラ事件が起こり、犯人は正義の味方を気取りたいから、殺される奴は皆、悪人だろうと。確かにそういった。
何故ならその考えに股間が疼き勃起したからだ。だがそれから1か月半.何の手がかりも掴めずにいた。
それは小川班に限らず全ての捜査員も同じだった。全く何一つ掴めずにいた。だから全捜査員が疲労の蓄積と苛立ちを腹の中で抱え込んでいた。
正義感と使命感はやがて犯人に対して殺意へと変わっていった。だが今はそれをも通り越し犯人逮捕という刑事の情熱も失いかけており、繰り返し行われる地道な捜査すら手を抜くようになってしまっていた。
どうせ捕まえられやしない、そのような諦めが口には出さないが泡沢を含めた全員の胸の中で燻っていた。
こうして新たな事件が起きた直後はまだいい。今度こそ!という気持ちが芽生えるからだ。
だがそれが長く続かない事は泡沢はわかっていた。自身がそうだったからだ。
まかりなりにも自分は刑事だ。人を殺した奴を野放しにしておくわけにはいかない。
再度、気持ちを奮い立たせなければならないと泡沢は思った。そんな気持ちを引き起こしてくれた小川さんの言葉により泡沢は緩み切っていた気持ちが改めて引き締まる思いがした。
「すいません。そうでした」
「ったく。犯罪と同じで、一度口に出した言葉は、どんなに取り繕うが、冗談だと誤魔化そうが、取り消す事は出来ねーんだよ」
「指紋照合はいつ頃に終わりそうなんですか?」
「後、1時間もすればわかんじゃねーか」
「照合は県内の前科者に絞ってるのですか?」
「絞ってるわけじゃねーさ。先ずは、そこからだ、って話よ」
「そうですか」
「何か不満そうじゃねーか」
「いえ、そういう訳じゃないですが」
「今まで殺された4人の害者は皆、県内で事件を起こしている奴ばかりだったからな。そこから辿るのが筋だろ」
「ですね」
泡沢はいい、買ってきた朝マックに手を伸ばした。コーヒーは既に冷め切っている。一口呑んで捨てようと思った。
冷え切ったフィレオフィッシュを無理矢理に腹に詰め込み、泡沢は4人の害者との共通点を洗い直す事にした。
3人目と4人目はヤクザと振込み詐欺のリーダーだったが、この2人には構成員という繋がりがあった。
が、その他の2人は、つまり第1被害者と第2被害者は確かに前科者ではあったが、いわゆる一般人だった。2人とも些細な事で喧嘩を起こし傷害で逮捕された事が1度あるだけだ。
これまでの捜査でもこの2人の関係性は見つかってはいない。つまり共通しているのは前科者だというこの1点だけだった。
やはり鰐男は犯罪者だけを狙っていると思われる。だが普通、どんな人間がこんな犯罪を犯した前科者だと知ることが出来る?その情報はどうやって知ることが出来る?泡沢はそこまで考えて、ハッとした。
県警内部の人間の犯行?いや、馬鹿げている。警察だって人間だから、誤って罪を犯す事もあるかもしれない。
だがこれは行き過ぎだ。5人もの人間を殺害し、バラバラにして行くなんて、警察内部の人間であれば、絶対に出来やしない。殺害し死体をバラしてそのままにして行く事がどれだけ危険な事か、何を意味するかわかっているからだ。
となれば内部の犯行とは考えたくないし、考え難かった。
泡沢は食べ終えたモーニングセットのゴミを掴み席を立った。
「これも頼むわ」
小川さんがこちらを見もせず、ゴミを突き出して来る。泡沢はそれを受け取ると給湯室へと向かった。
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