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第九章 ①①④
2日後の午後、筋トレを終えた圭介は、ふと吉田萌の動向が気になり電話をかけてみた。
「電波の届かない場合に居られるか、電源が入っていない為繋がりません」
とスマホの音声ガイダンスが流れて来た。
つまりそう言う事か、と圭介は思った。
こういった場合、最悪の想定をするのはいつもの事だった。そうする事が精神的にも楽だからだ。
もし吉田萌が英永剛殺害を思い留まっていたり、仮に生きていたとしたら、それはサプライズプレゼントのようになものだろう。
電話が繋がらないのは偶々かも知れないが、圭介はそうとは捉えなかった。昼間の仕事中は電源を切っている可能性だってある。にも関わらず圭介は既に吉田萌は死んでいると思った。
それはある意味、心構えと言えば良いだろか。そもそも人の人生なんて、良い事が2割、悪い事が8割を占めていると圭介は思っていた。
だから何かをする時は、この場合は処理人や漂白者としての依頼を受けた時などだが、先ず最悪な事から想定する。そしてそこから良い方へと導く為に思考を凝らすようにしている。最初から最悪な事を想定していれば取り乱す事なく冷静に対処出来るからだ。
人は「最悪イコール死」のイメージが強いだろうが、その実、最悪な事など1日の中で何度でも起こったりするものだ。
だが人間は希望という一種幻想的なものを持てる生き物だ。だから最悪な事が起きてもきっと明日は良い事が起こる筈だと願い生きる道を選択する。
だが中には生きている事自体が最悪だと考え自ら命を絶つ者もいる。そのような者が近親者や友人にいたならば、救おうなんて思わない方がいい。救おうとするなら、その者の人生全てを抱え込む覚悟がなければならないだろう。今の圭介で言えばマリヤの存在がそれに確答するのではないだろうか。
だが圭介自身、マリヤの存在は秘密にするべきだと思ってはいるが、人生を賭して、とまでは至ってはいない。
そう気づいていないだけかも知れないが、護るべき人物であるのは確かだった。そんなマリヤも一時は死の淵に立たされていた。吉田萌に殺されかけたからだ。
だがマリヤは自力で迫り来る死から切り抜けた。いや、死という魔物と戦いひとまずは勝利した。だから今はこうして圭介の自宅に身を潜めながら生きている。
つまり放っておいても死ぬ筈だったマリヤは息を吹き返したが、世の中の大多数の人間は死に抗っても勝てない者の方が殆どだ。おまけに寿命というものもある。
つまり吉田萌も自分もマリヤも両親だって必ず死ぬという事だ。最悪イコール死であると考えるならば、日々それを意識し肝に銘じて生きれば良いだけの話で、死、意外の最悪と考えられるものの殆どは、滅多に死へと直結しない。所詮つまらないものだと捉えられれば、日々も生きやすくなる。少なからず圭介は普段からそのように意識していた。
そんな中、圭介の忠告を無視して吉田萌は決断した。だがそんな吉田萌に少なからず圭介は好感を覚え始めていた。
図々しいと思う事もあったが萌は萌で自身が死を迎えるかも知れないという事に怯えていたのだろう。
だから最初は共闘を願って電話をかけて来たのだ。だが圭介はそれを断った。それでも忠告はしたし、吉田萌が死んでいたとしても、微塵も責任は感じはしない。そんな必要はないしもし感じるのであれば、それは自身の傲慢さに気付けない馬鹿な奴が感じる事だ。
他人が人の死に責任なんて持てやしないのだ。医師だってそうに違いない。全力で他人の命と向き合うが、悪い結果になったとしても責任は感じないだろう。いちいち感じていては医師なんて続けられる訳がない。
圭介と医師の違いは、萌に対して全力でその命と向き合おうとしなかった事だった。実際、恋人でもないのだからその必要は無いが、忠告はしたのだ。それで充分な筈だ。
仕事柄、人の命を奪って来たが、一々、その失われた命と全力で向き合える筈はない。それに圭介にはマリヤという秘密があった。裏を返せば吉田萌が死ねば、マリヤが生きているという秘密を知られたくない存在が1人、この世からいなくなるという事だった。
そうなるように願ってはいなかったが、もし、吉田萌が死んでいるとしたならば、それはそれで圭介にとっては悪い結果とも言えなくもなかった。生きる上での不安要素というものは少なければ少ない方が良いに決まっているからだ。
圭介はスマホをポケットに入れて部屋を出た。
マリヤはリビングで圭介のコレクションでもあるホラー映画を漁っていた。
「ちょっと出かけてくるよ」
「何処に?」
「書店」
「書店?」
「あぁ」
「漫画買うの?」
「違うよ。久しぶりに小説読みたいなって思ってさ」
「へえ。何か意外」
「まぁ、確かに滅多に小説とか読まないからな」
「ならさぁ」
マリヤはいい、様々なファッション雑誌の名前をあげ、それを買って来て欲しいと圭介にお願いした。
「わかった。だけどそんな多くの雑誌名なんて覚えられない」
「ならLINEしとく」
「マリヤも一緒に来るか?」
「着替えるのが面倒くさいし、今からこれ観るから行かない」
マリヤはいい、フランスの女性監督の作品である「チタン」の円盤を掲げて見せた。
「わかった」
圭介はいいシャワーを浴びに風呂場へと向かった。その後で髪を乾かしもせず車の鍵を持って家を出た。
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