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第九章 ①①⑤
人間の身体を縦割りにされていたと耳にした圭介は真っ先に小学生の頃、理科室に置いてあった人体模型を思い出した。
脳裏に浮かんだそれと見つかった死体との違いは、昼のニュースによればその女性の身体の半分がペースト状にまで潰されていたという事だった。
人体模型という物の半分は裸の人間でもう半分は皮膚を剥いだ状態、つまり人間の内部のあらゆる臓器が示されているが、この死体は違っていた。
半分は人間のままの姿でもう半分はペースト状態にあったというのだ。殺害方法にそのような手法を取り入れている人間を圭介は1人しか知らない。英永剛だ。
それはイコールで吉田萌の死という疑いの無い事実がTV画面から突きつけられてくる。今はまだ被害者の身元がわかっていない為、その死体が吉田萌という確証は何一つないが、それでも圭介はほぼ間違いないと思っていた。
女性の死体は大きな板の上に裸で寝かされたまま山林の中で見つかった。見つけたのはその山に登る事を日課にしている地元の老人会の数人だった。
山と言っても登山をするような山ではなく、小高い丘と言った方が正しいかも知れない。だが死体を発見した老人会の人達は口を揃え山登りの途中で、と繰り返した為にメディアも釣られてそう表現したようだった。
その山は地元の人がよくウォーキングなどで利用していて日に50人程がその山を利用しているようだった。
そして偶々、その老人会の人達が立ち寄った休憩所で休もうとした時、離れた場所にあるベンチの下で人のようなものが寝そべっているのを発見した。
老人の1人がその者をホームレスだと思い自分達の憩いの場を根城にされては困ると鼻息荒くそちらへ向かっていった。そして厳しく問い詰めようとしたその時、目にした光景に思わず悲鳴を上げた。
と同時に、その老人は後ろに倒れるようにその場で腰を抜かした。悲鳴を聞きつけた他の老人会のメンバーは急いでそちらへ駆けつけた。が、最初の老人と同じように、全員が悲鳴をあげ、その場にへたり込んだ。その内の1人が這うようにしてその場から離れると、震える手で持って来たスマホを取り出し何度か警察に連絡を取ったようだった。
TVではモザイクがかけられた老人会のメンバー達が自慢げに当時の状況を話している。
圭介はそんな老人会のメンバーをみながら今夜あたり死体が夢に出て来るだろうなと思った。
吉田萌と連絡が取れない以上、あの死体は吉田萌と断定してもいいだろうと圭介は思った。
もしそうであるなら今頃はスマホも壊されていると思われるが、英永剛の人となりがわからない以上、頻繁にかけるわけにはいかなかった。
殺害した相手の持ち物を記念品として収集するようなタイプであれば、吉田萌のスマホもそれに含まれる可能性があり、そこへ連絡しすぎるとこちらが英永剛にとって興味の対照となりかねない。
直接やり合うなら負ける気はしなかったが、それでも英は同業者でもある。当然やり合う事は避けたいが、あのような殺害方法を取るようなタイプとは出来る限り関わり合いたくはなかった。
人間の身体の半分をペースト状にまで潰し、そしてそれをわざわざ残った人体と同じように形を整えた上で、死体を遺棄するなんて、圭介からみてもかなりイカれた人間には間違いなかった。まるで子供が泥遊びをするかのように死体を弄んでいる。そのような傾向は自分に無いとは言い切れないが、英ほど一つの行為に執着はしていない。
ラピッドからの依頼であれば殺害のみ実行するのが自分のやり方だ。確かに個人的に手を下した者達はそれなりに着飾ってやった。それも全てアリゲーターマンというキャラ付けの為だ。
悪人はこのように処罰を受けるのだという、いわばみせしめの部分もあった。そもそも殺害後に人体をバラし、飾るのはかなりのリスクがある。勿論、見つからない為の下調べは完璧とは言わないが、安全が保障出来る場所で行っている。自分はそういう目的の下で派手に見せてはいるが、それでも、英永剛の異常さには生唾を飲み込まざるおえなかった。
圭介がTVを消すと同時に寝起きのマリヤがリビングへ入って来た。
「おはよう」
「おはよ」
未だに眠いのか、マリヤは目を擦りながら大きくあくびをした。
「何か食べるか?」
「お腹空いてないからいい」
マリヤは言うと今さっき消したばかりのTVの前にあぐらをかいて座った。
「アイスコーヒー飲みたい」
「その前に顔と歯を洗ってくれば?」
「うん。アイスコーヒー飲んだらそうする」
そうじゃなくてさ……なんて無粋な言葉は飲み込んで、圭介はグラスに氷をいれ入れアイスコーヒーを注いだ。ストローを突き刺して、それをマリヤに手渡すとマリヤはグラスを自分の頬に近づけた。
ヒィィィと、意味不明な言葉を吐きながらマリヤは刺したストローを口に咥えた。
マリヤが夢にうなされるようになってから、マリヤの睡眠時期はかなり長くなった。夢によってそれだけ体力を奪われているのかも知れない。
ここ最近、マリヤに夢の事は尋ねなくなっていた。夢の事を聞いた所で本人は全く覚えていないのだから、聞くだけ無駄なのだ。
だが当の本人は今も夢の事など、知らないと言いたげにTVを観ながら笑っていた。
「圭ちゃんさぁ」
「何?」
「今度はいつ?」
「何が?」
「2人目だよ」
「2人目?」
一瞬、何のことかわからなかった。
「うん マリヤの次のターゲット」
「2人目の予定も、そうさせるつもりも俺にはない」
「どうして?私が上手くやれないから?」
マリヤはTVから視線を外さず背中を圭介に向けたままそう言った。
「そうじゃない。マリヤは上手くやってのけたよ」
「なら別に問題ないよね?」
「問題があるとか無いとかの話じゃないんだよ」
「どうして?」
「自分がやっている事を理解しているのか?」
「してるよ。最低な奴らを殺す、それだけだよ」
「端的言えばそうかも知れない。けど本質的には殺されていい人間なんていないんだよ。それをマリヤはわかってるのか?」
「圭ちゃんが幾ら綺麗事言ったって無駄だよ。だってさぁ、やってるのはただの人殺し、殺人だし」
確かにマリヤの言う通りだ。ラピッドという組織があり、自分はその中の一員で、そこから依頼された殺人をただ誰にも気づかれないように手を下す。それだけだ。綺麗事なんて言う立場でもなければ、そんな資格はありはしない。
「私も圭ちゃんも、所詮、畜生で外道なの。
どれだけ大義名分を振り翳しったって、人を殺しているのは変わりないから」
吉田萌の死で少しばかり自分を見失っていたかも知れない。
「とにかく今は会社からの依頼が来るまで待つしかないんだ」
圭介の言葉にマリヤは鼻を鳴らした。
その理由も圭介には直ぐに気がついた。
マリヤは圭介が独自に調べたクズ共を殺そうと言っているのだ。
だが今はそんな気分じゃない。それはやはりさっきのニュースのせいだと圭介は気づいていた。
吉田萌に手助けは出来ないと突き放してはみたが、心の何処かでは心配していたのだろう。最終的には止めもしたが、萌は聞かなかった。
聞かない理由もよく分かる。復讐したい気持ちというのはその本人以外に止められる者はいないからだ。
自分が初めて人を殺した時もそうだった。同級生の茂木がミニシアターに出入りする男色の男達に集団で犯され殺されたのを見て自分はこの手を血に染めた。それは明らかに自身にされた事への復讐心と怒りに他ならなかった。あの時、誰かが自分を止めようとしても決して聞かなかっただろう。つまり復讐心を持った瞬間から、その心は誰にも溶かす事は出来ないのだ。
「あぁ〜あ。暇」
マリヤはいいグラスを床に置いたままゆっくりと立ち上がった。リビングを出てトイレの方へと向かった。
「暇」という言葉がマリヤから発せられたのは悪い兆だと圭介は思った。いわば今のマリヤはこの家で軟禁状態にあるようなものだからだ。
外に出るには変装させなければならない。
素のマリヤとして自由にさせる事は出来ないからだ。
その事がマリヤのストレスになっている事くらい充分わかっていた。それが原因で毎夜うなされている可能性も否定は出来ない。
近々にでも一緒に外出する時間をとらないとマズいなとマリヤの後ろ姿を見つめながら圭介はそう思った。
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