第二章 ①②

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第二章 ①②

5人目の身元がわかったのはお昼前だった。 朝食の後、泡沢と小川は再び殺害現場へと足を運んでいた。 「朝から5人目の死体が見つかったとなったら血が滾り過ぎて、見えるものも見落としている可能性があるからな」 小川さんの言う事はもっともだった。 冷静になり、かつ客観的に見直さなければならない。 犯人の気持ちになって考えるというのはよく言われる事だが、泡沢にはそれが出来そうになかった。 何故なら今まで勃起だけを頼りに捜査をして来たというのと、犯人のあまりの残忍な行為にどうしても自分を当て嵌め考える事が出来なかったのだ。 だがそれはやる必要があった。そうする事で気づいていない事に気づく場合も少なくないからだ。この世に同じ思考の持ち主なんてものは、いない。 だが似た思考なら少なからずいる筈だ。だから自分もその思考回路へ近づいていかなければならなかった。 ホシは命を奪ってまで自身の正義を貫く意志の強い男だ。そして見つかることを恐れていない。 少なくとも犯罪を犯すものはそれを恐れているが、このホシからはそれを感じられない。もしそうだとするならば、ホシは見つかる事を望んでいるのだろうか?抑えられない殺人欲求を早く止めて欲しいと願って死体を放置して行くのだろうか?いや、と泡沢はパチンコ屋を遠目に眺めながら思った。 違う。そうであるならば指紋や手がかりになるような物的証拠などが残されていてもおかしくない。 だが一度もそれがないという事実を踏まえれば、やはりホシは我々には絶対に見つからないという自信があり、そのような根拠の下で殺人を犯していると泡沢は思った。 用意周到というか、犯人はかなり綿密に計画を立てられる人間で、忍耐力に長け、かつ知的で狂気性を内に秘めた人間なのだろう。 これは容易でないなと泡沢は思った。だからこそ5人もの人間が惨殺死体で発見されたのだが。 「夜中にこんな場所へ来たって、誰も見ちゃいねーよな」 周囲には、民家はなく行き交う道路とチェーン店の飲食店ばかりだ。せめて24時間営業をしているコンビニなどがあれば、営業を終えたパチンコ屋に向かう不審者や車を目撃している可能性もあるのだが、それは期待薄だった。 「とりあえずしらみ潰しに各店舗の防犯カメラを見て行くしかねーな」 「お言葉ですが、小川さん」 「何だ?」 「それはもう他の班がやってるのではないですか?」 「知ってるよ」 「なら今更調べる必要はないのではないですか?」 「馬鹿野朗。俺が見たいのは、この周りの店舗のじゃねーよ。それに他の奴らが見たからって俺達は見なくて良いって理屈はねー。良いか?見る人間が変われば絶対に違いに気づくものなんだよ。だからそいつらが終わったら、俺達もそれを見る必要がある。だがその前にこの現場から離れた場所、いわば、この町の外にある防犯カメラをしらみ潰しに調べるって事さ」 「それは私達の管轄外じゃないですか」 「だから何だ?」 「今日、そこは別の班が…」 「いちいち細かいんだよ。いいか?俺は何も今日割り当てられた区域を調べねーとは言ってねー。ただ今すぐ調べたいからそう言ってんだ」 「そうですか」 私はそれ以上言わなかった。班の責任者は小川さんだ。だからトラブルが起きたら小川さんが責任を取る事になる。勃起しない今の自分はそれに従うだけしかないのだ。 「ホシは今まで何一つ証拠を残してねー。それは知ってるよな?」 泡沢は頷いた。 「てことはだ。もし、ホシがあのパチンコ屋の裏で害者を殺す、可能性は低いが死体も運んで来たとしてだ、近くの店に入ったりすると思うか?」 「思いませんね」 「わざわざ近くの店に入って自らをカメラに晒すような真似はしないだろ?そんな奴ならとっくに捕まっている」 それはそうだった。何一つ物的証拠を残さず、あったのは下足痕だけだ。だが今となればそれすらホシのものかどうかも怪しい。 「下手すりゃあ他県や都内から来たかも知れない」 「もしそうだとしたら最悪ですね」 「あぁ。目も当てられねー」 私達は現場周辺の聞き込みをしてその日を終えた。 そして夜の捜査会議で小川さんが報告をあげたついでに、昼間に2人で話した事を付け加えた。 「いくら何でも都内や他県からやって来て、殺害を実行するだろうか?」 本部長が言った。続いた。 「死体が遺棄された場所を考えればホシは明らかに人目がつかない場所を選んで犯行に及んでいる。つまりそれは地元に詳しい者の犯行だという裏付けにもなる筈だ」 「ですが、殺害に至るまで幾度も下見を重ねた可能性もあると思いますがね」 小川さんは食い下がらなかった。 「もしくは地元出身の者で今は他県住みって線の可能性だってある」 「おいおい、人数だって限られているんだ。最初から大風呂敷を広げた捜索なんて出来るわけないだろ」 他の班からヤジが飛ぶ。 小川さんは澄ました顔でヤジを聞き流す。 ヤジを飛ばしたくなる気持ちも泡沢にはよくわかった。 そもそも、5人の死体全てがこの町の中で見つかっているのだから土地勘がある人間に間違いはない筈なのだ。他県などと言う方が可笑しいと思われるのは仕方がない事だった。 発見された場所を全て線で繋ぎ、その上で範囲を円で囲い各班は靴底をすり減らしながら捜査を続けている。 そんな中でさらに範囲を広げろと言われたらヤジも飛ばしたくなる。 「各班、先ずは決められた捜査範囲を徹底的に調べあげろ。範囲を広げるかどうかはその後の話だ」 本部長の一言で捜査会議は終わった。 「いっぺんに出来ない事くらい、こっちだってわかってんだよ」 小川さんは泡沢に一杯付き合えといい、先に部署を出た。泡沢は今日の報告書をまとめた後、小川の待っている喫煙所へと向かった。
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