第二章 ①③

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第二章 ①③

泡沢は喫煙所を後にした小川について行った。のらりくらりと30分程、歩いただろうか。 高架下を進みながら駅横を通り過ぎ、駅の裏側へと移動する。 しばらく行くと似つかわしくないビルにぶち当たる。 見上げると中には映画館があるようだった。 その前をすぎ少し進むと左手に潰れたパチンコ屋があった。前を過ぎると商店街らしきアーケードの看板が見えた。 埃が被り、看板に書かれてある筈の商店街の名前さえ、まともに読む事が出来なかった。 足を踏み入れる前から薄々勘づいていたが、殆どの店はシャッターが降りている。 都内ではないからか、シャッターにペイントのイタズラ書きも見当たらない。夜遅いと言うわけではないのに、既に人気もまばらだった。 土地柄なのかさっきまでいた自分達の場所と、ここでは人種が違うように泡沢には感じられた。 高円寺にいた頃もそうだったが、街によって人種は違うものだ。高円寺に集まる人間と隣りの区にも関わらず、中野へ来る人間は全くの別人種だ。 それが生活しているとなると尚更、違いに気づく。どういう所がと聞かれれば上手く答えられないが、色々な街に行った事がある人間ならわかるだろうが、何となく場違いな所に来た気がする、この街は何か落ち着かないと言った感覚を覚えた事はあるだろう。 そんな感覚が、こちらと自分達がいた駅向こうとでの違いが泡沢には感じられた。何となくだがこっちは肌に合わない気がした。 「こんな場所に飲み屋なんてあるんですか?」 「あるさ。ただし1件だけな」 1件と言われ泡沢は納得した。人通りも少なく街灯もまばらだ。まともに点いているのは一つくらいなものか。他は切れているか、切れかかり明滅している。 「こっちだ」 小川が指差した先を泡沢は眺めた。 「スナック*天使達」 泡沢は無意識に店頭に出されてある看板の文字を口に出していた。 「地下ですか?」 「あぁ。元々ここは映画館だったんだよ」 そう言われてさっきのビルの所で見た映画館を思い出した。 「映画館ならさっき駅ビルの所にありましたね。ここから移転したんですか?」 「ちげーよ。あそこは元々あの駅ビルに入っていたものだ。だがこっちは、何ていうんだ?客席が少ない映画館だったんだよ」 「ミニシアターですか」 「おう、それそれ、ミニシアター」 「そうだったんですか」 「あぁ」 「で、潰れたかけか何かで今はスナックになっているってわけですか」 「お前知らねーのか?」 「何がです?」 「普通わよ、転属先の管轄下で起きた事件はある程度調べておくもんじゃねーのか?」 「あ、いえ、そうなんですが、転属初日から今の事件に取り掛かったので、その暇がなくてですね…」 「覚えてねーか?8年前に起きた映画館惨殺事件をよ」 泡沢はしばらく考えたが思い出せなかった。 「ったく、チンポも頭も使えねーのか」 「すいません」 泡沢は頭を下げた。 「8年前の夏、この場所で店主を含めた客の4人が何者かに殺害された。害者の1人は当時まだ16歳の高校生でな、一時期、世間を騒がせただろ?ここまで話してまだ思い出せないか?」 泡沢は階段を降りながら記憶を辿った。しばらく考え店のドアの前に立った時、記憶の引き出しの奥にしまってあった事件を思い出す事がで来た。 「ホシはこの近くにある自動車のスクラップ工場の店主だった、あの事件ですか?」 「そうだ。それだ」 「という事はここは所謂事件現場ってわけですね」 「まぁ、当時の映画館とはかなり内装も変わってるがな」 「でも、よく4人も殺害された場所に店を出そうと思いますよね?」 「そういう場所だからただ同然で借りれたんじゃねーか。不動産屋としてもずっと借り手がいないよりは、安くても使ってくれる客がいた方が、良いだろ」 小川さんはいい、ドアノブに手をかけた。 「いいか?ここでは刑事って事は秘密にしてるから、口滑らすんじゃねーぞ?」 「事件の話出来ないじゃないですか?」 「そんな野暮ったい話をする為に飲みに連れてきたわけじゃねー。一旦頭ん中、空っぽにするには、馬鹿みたいに酒を飲むに限るんだよ」 それは人それぞれだよなと思いながら、泡沢は開けられたドアの向こうへと小川の後に続いていった。 店内は淡いライトに照らされ、いかにもスナックと言った雰囲気だった。 客は1人もおらず、泡沢達が最初の客のようだった。 カウンターは6席あり、そこに背中が割れたベージュのワンピース着た長髪の女性が座っていた。 恐らくは従業員の類いだろう。泡沢達が入っても振り向きもしなかった。2人はその横を過ぎ、テーブル席へと向かった。テーブル席は2つあり、壁際にワインレッドのソファが置かれてある。安っぽいテーブルの前には同じ色の四角いソファチェアーが1つずつ置かれてあった。 2人はその1つに腰を下ろした。店の隅にはカラオケの機材と、簡易的なステージとマイクスタンド。そしてカウンター付近と入り口付近の天井にモニターが2つぶら下がっている。 小川さんが座った後で、ママらしき人物がトイレから出で来た。短髪をオールバックにして春物のセーターをだらし無く着込んでいる。かなり太めの体形をセーターで誤魔化している印象だった。パンツも伸縮性に富んだものらしい。ネイルは黄色であちこちにデコレーションされ皺だらけの指には両手合わせて4つの指輪がされてあった。 「あら、いらっしゃい。小川さん随分とお久しぶりじゃない?」 ママはいい一旦、カウンターの中へ入って行った。 「新しい子?」 小川さんがカウンター席に座る長髪ワンピースの女性に顎を向けた。 「まぁね」 ママはいいおしぼりを取り出した。 「ミミちゃん、お客様にご挨拶して」 ママに言われ椅子から立ち上がったミミという源氏名の女性は少し気怠るそうに、こちらを向いた。 泡沢達はミミのあまりの美貌にしばらく動けなかった。泡沢はミミのその顔を見て思わず生唾を飲み込んだ。 決して若くはないだろうが、お人形のような顔の作りだった。簡単にいえば韓国系美人という感じだ。つまり整いすぎて整形したとしか思えない顔立ちだった。 ママはカウンターからミミへおしぼりを手渡すと、小川さんに水割りでいい?と尋ねた。 ミミは少し微笑みながら開封し泡沢達へおしぼりを手渡した。小川さんがそれを受け取るとすぐさま顔と首を拭いた。 「あぁ。それでいいよ」 「はい」 「あ、ママ、面倒だからこいつも同じでいいや」 「わかりました」 ママが2人分の水割りを作っている間、ミミは泡沢の隣に腰掛けた。名刺を取り出し泡沢へ手渡す。笑顔も忘れなかった。 「ママ?」 ミミが言った。 「何?」 「私、イモのロックちょうだい」 「はいはい」 ミミはいい、再び泡沢へ微笑み返した。 3つのグラスが運ばれて乾杯をした後、小川さんがボトルを入れた。 「もう前のはなかったよな?」 「あっても無いって言うわよ」 小川さんの二の腕を叩きながらママが言う 「ママ大丈夫なのか?」 「何がよ?」 「こんな寂れた店に客なんて来ないだろ?」 「来てるじゃない?ねぇ」 ママはいい泡沢を見た。泡沢は軽く頷いた。 「地元の人間は色々知ってるから、来たがらないんじゃねーか?」 「お生憎様。うちにミミちゃんが入ってからは、驚くほど繁盛してるんだから」 「本当かよ?実際の所、給料も払えないんじゃねーか」 小川さんはいい水割りを一気に飲み干した。新しいものをつくりながらママは馬鹿にしないでくれる?と笑いながら作った水割りのグラスについた滴を布巾で拭うとそれを丁寧に小川さんの前に置いた。 「なら良いけどよぅ」 まるで小川さんのその言葉が、合図かのように次から次へと客がやって来た。僅か数分で店は満席になった。 小川さんはママの言った事が本当だった事に驚き、目を丸くしていた。 皆んなが皆んなミミの名を呼び席について貰いたがっていた。 それでもミミは軽くあしらいながらしばらくは泡沢の隣に座って他愛もない話を続けていた。 が、さすがに泡沢ばかり相手にしているわけにはいかず、他の席へと移動するさい、ミミは軽く泡沢の手の甲へ自分の手を重ねて来た。 目を見つめ微笑み、ご馳走様といいグラスを持ち上げた瞬間、泡沢は勃起した。若かりし頃のように一気に勃起した。泡沢は勃起を隠す為に少し前屈みで水割りを飲み出した。 こんな事は久しく無かった。飲みながら泡沢は自分の手を眺めていた。手を触られただけで、たったそれだけで勃起するだろうか?中学生じゃないのだ。 それはあり得なかった。それとも今朝、シコってないからか?泡沢は頭を振った。いや違う。あのミミと言う女は何かしらの犯罪を犯しているのかも知れない。 いや、ひょっとしたら、連続殺人犯と何かしらの関係があるのかも知れない。泡沢は席を立ちトイレへと向かった。トイレ内でシコった後で、再度確かめる為だ。 それで勃起しなければただ溜まっていただけの話だ。 泡沢は他の客と会話しているミミをチラッと見た後、トイレへ向いドアを開けた。鍵を閉め、ベルトを外し下着ごとずらした。便座に座るとチンポの先から既に大量の我慢汁が垂れていた。泡 沢は目を閉じてピッピの裸を思い起こした。激しくシコるとすぐさまイキそうになり、チンポを押さえつけた。 チンポを便器に向けると同時に精液が飛び出して行った。チンポに血流が流れ込んでいる間も、泡沢はシコる手を止めなかった。 完全に抜いておかなければ判断がしづらいからだ。泡沢は2回抜き終わると全身にまとわりつく気怠るさを払う為に冷たい水で顔と手を洗った。ズボンを履き何事もなかった風にトイレを出ると、外でおしぼりを持ってミミが立っていた。受け取る時に指が触れ合った。 「ありがとう」 泡沢は少し照れながらそう言った。瞬間、また勢いよく勃起した。ミミは何も言わず微笑み、泡沢をエスコートする為にこちらへ背中を向けた。泡沢は、間違いないこの女は何かしら事件と関わりがあると思った。 それを早く小川さんに話たかった。だがこの場所ではダメだ。刑事という事も秘密にしているし、尚且つ、ミミに逃亡される危険性も孕んでいる。 できる限り早く帰るべきだと思った泡沢は、どう小川さんを説得し、早めに切り上げようかと頭の中で模索しながら席についたのだった。
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