第二章 ①⑤

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第二章 ①⑤

自宅に戻り熱いシャワーを浴びて、2時間ばかり仮眠を取った。目が覚めた時はまだ側頭部付近が重く感じられたが、コーヒーを飲みながらタバコを一本吸い終わる頃にはその重みもすっかり良くなっていた。 薬が効いたのもあるだろうが、ひとまず体調は元に戻った感じだった。 これなら午後からでも捜査に合流出来ると思ったが、今日の小川班は防犯カメラの映像の見直しだけなので、お言葉に甘えてゆっくりしようと泡沢は思った。 そんな調子で面白くもないTVをただ眺めていたが、刑事としての本能か、それとも自身の保身の為か、泡沢はパジャマを脱ぎ裸になった。 あくまで今日はプライベートなので警察手帳は持って行く事は出来ないが、仕方ない。 泡沢は床に寝そべり目を閉じた。真っ先にチッチの裸が思い浮かぶ。自分はチッチの事が好きなのだろうか。それとも単に性的対象として好きなのだろうか。 泡沢には、それがわからなかった。ただ言える事は今の泡沢は一途にチッチの裸を思い出しシコっているという事だった。 強張った筋肉が弛緩して行く中、少量の精液がティッシュの上に飛び散った。泡沢はそれを丸めゴミ箱に捨てるとすぐに私服へと着替えた。 この後、泡沢は殺された5人の殺害現場に赴くつもりだった。最新の現場には他の刑事が来ている可能性もあったので、後回しにするつもりだった。 泡沢が県警へ移動してくる以前に起きた3件の殺人事件を中心に洗い直したい。報告書は目を通していたが、やはり一度はこの目で現場を確かめておきたかった。 勃起するものがまだ残っているかも知れないからだ。 泡沢は昨日の夜の勃起により、少しばかり自信を回復させていた。大丈夫だ。俺は大丈夫。 まだまだ勃起刑事として、捜査に役立てる筈だ。泡沢は心の中でそう呟きながら家を出て行った。 蕎麦屋で昼食を取りながら、手帳を開いた。報告書を読んだ時に、自分なりに気になる点や、状況を事細く記入しているものを蕎麦を啜りながらじっくりと目を通す。 発見された時の時間帯や状況、監視カメラの位置、第1発見者の性別、年齢と名前、住所と職業。そこまで目を通して泡沢の視線が止まった。気にも止めていなかったが、第1発見者は女性だったのか。名前は楠木美佐江(くすのきみさえ) 年齢は40歳。職業は無職となっている。専業主婦なのだろうか。住まいはコーポ高橋とある。恐らくマンションではなく、アパートの類だろうと泡沢は思った。 ひょっとしたら、主婦ではなく生活保護を受けているのかも知れない。泡沢は第1の殺害現場の場所を確認してから、発見者の住所と照らし合わせた。 楠木美佐江の家は発見現場からかなり近い距離にあるようだ。泡沢は無職であるならば自宅にいるだろうと考え、現場を見た後で、楠木美佐江の自宅を尋ねて見ようと考えた。 蕎麦湯を頼み啜っている時、泡沢は警察手帳を携帯していない事を思い出した。となれば訪問するわけには行かない。いや出来ない。下手に伺い、不審者と思われ通報でもされたら面倒だ。だから、住まいの場所だけ確認し、後日、伺う事にするか。泡沢はご馳走様と言いながら席を立ち、代金を支払った。 当たり前だが第1の殺害現場は既に規制線などはなく、そこはありふれたごく普通の住宅街の様相を呈していた。同一の建売住宅が幾つも並ぶ中、異様な形で5階建てのビルがある。死体はその裏で発見されたとある。が、そこで泡沢は第1発見者の行動に疑問を覚えた。 散歩中に、発見したとあるが、何を思いビルの裏側へと入って行ったのだろう?泡沢はビルの裏側へと足を踏み入れた。 この5階建てのビルの裏に民家などがあれば、納得も出来るが、表から見る限り、そのような感じはしなかった。 ビルの裏側には2メートル程の金網のフェンスがあり、その手前には室外機器が幾つか設置されている。 恐らく各フロア分だろう。報告書によれば、死体はその室外機の間に挟まるように放置されていたらしい。 金網のフェンスの向こう側はショベルカーが2台置かれてある。以前、ここに何があったかはわからないが今では更地にする為に工事が入っているのだろう。 だが平日の今、作業員がいないというのは、休みなのか、もしくは近隣から騒音について苦情が出て、一旦、中止になっているのかもしれない。 だとしても散歩中にこの裏へと入ってくるだろうか。いや、第1発見者は更地側から死体を見つけたのかもしれない。もし工事が行われていないのであれば、容易にこの中へと入って来れる。例えば犬の散歩中に発見したとなれば、合点は行く。だが報告書にはそのような事までは書かれていなかった。 そしてこの第1の被害者はまだ人体はバラバラにはされてなかったようだ。泡沢はいつからバラバラ殺人になったのか確認する為、ノートを捲った。 3人目の被害者から人体はバラバラにされていたようだ。泡沢はノートを読みながら、ん?と思った。バラバラにされたのは3人目からなのに、何故、小川さん達は連続バラバラ殺人として捜査をしているのだろうか? ひょっとしたら、3人目の被害者以前の殺人は、別人の犯行かも知れないじゃないか。 勿論、小川さん達県警はそれを踏まえた上で同一犯の犯行だと認定して捜査をしているのだろう。だが猟奇的殺人、快楽的殺人かはわからない。 だが、捜査本部はこの一連の連続殺人事件の犯人の犯行が徐々にエスカレートしていると判断したのだろう。も 被害者の遺体にその傾向が見て取れた結果、そう判断したという事か。僅かながら悶々とした気持ちがあったが、泡沢は同一犯として考えるよう心掛けようと思った。 ノートを鞄にしまうと、第1発見者の自宅へと向かった。泡沢はこの楠木美佐江という女が、どういう女か興味があった。 あんな場所にある死体を何故、ビルの管理人でもない楠木美佐江が発見出来たのか?それこそ楠木美佐江自身の犯行ではないのか?勿論、小川さん達も楠木美佐江を疑いはしただろう。その結果、シロだと結論付けた。 なら疑うも何もないのだが、やはり、この耳で当時の状況を聞かない限り、泡沢には納得は出来なかった。 だが、今日は話すことは出来ない。泡沢は警察手帳を忘れた自分に向けて舌打ちをした。
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