第三章 ①⑦

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第三章 ①⑦

同窓会とまでは行かないが、久しぶりに同級生と会えた事は仲野部圭介の心に新鮮な空気を吹き込んだ。 特に日常がマンネリ化していると感じていたわけではないが、リフレッシュした気分になれた。 新たな仕事の依頼は来ていなかったが、早朝の魚釣りも、初めて父親に連れて行ってもらった時のように、ウキウキした気分で向かう事が出来た。 この日は一匹も釣れなかったが、それについて不満は無かった。 こんな朝早くは魚だって寝ているよ。仲野部圭介は帰りの車の中でそう呟いていた。 家族一緒に朝食をとりながら、TVを見ていると 4人目のバラバラ殺人事件の新たな情報が入ったとアナウンサーが語り出した。 どうやら有力な目撃情報を得たらしい。それを聞いた圭介は口に含んでいた味噌汁を吹き出しそうになった。 自分が敢えて目撃者にしたてたあのホームレスの老婆の事だろう。にしても、この情報が今頃ニュースになるのは遅すぎないか?圭介はひょっとしたら警察は新たな証拠か、目撃情報を得た事で、この情報の公開に踏み切ったのかも知れない。 もしくは警察も全力で事件解決に取り組んでいる事のアピールか。どちらにしても、圭介は気にしなかった。 会社からの依頼ではない殺人が、会社に知れたらどうなるかまではわからない。だが、正直、会社の依頼を待っていたら、他人を不幸に落とし込む世の中のクズは一向に減らないのだ。 だから仲野部圭介は慎重に慎重を重ねて4件の殺人を行った。 3件までの殺人では世間の注目度が足りないと感じられ4人目はバラバラにしたのだが、これは思惑通りだった。後は鰐の仮面をつけた人間が正義の味方としてのアイコンになるまで、繰り返しクズを殺して行かなければならない。 それについては、仲野部圭介は一切苦とも思っていなかった。むしろ喜びを感じていた。 クズが1人死ぬ事で、一体、何人もの人が幸福になれるだろう。圭介にとってその想いこそが何より大切にしたい事であり、重きを置いている最重要事項であった。 仲野部圭介は自分の食べた物は自ら片付け、丁寧に洗った。食器を洗う行為はその人物の人間性を表す物だと圭介は考えていた。 傷つきにくいスポンジを使い、ゆっくりソフトに洗っていく。洗剤の泡で隠れた食器の絵柄をも細部まで思い出しながら圭介は自分の物を洗った。 これは死体処理についても同じ事が言える。雑になればいつか必ず綻びが出る。そしてその綻びは積み重なりタンスの裏に積もった埃のように、ある日突然、表に姿を表してくる。 それはつまり、犯行がバレるという事だ。 だからこそ、圭介は細部に神経を擦り減らす事を厭わなかった。 それでストレスになる事は全くなく、むしろそれが無ければ仕事をした充実感を得る事は出来なかった。 仲野部圭介は濡れた手をタオルで拭くと一旦、自室へと戻った。 中学時代から使っている机に向かい、縦置きの筆箱を掴んだ。マジックや鉛筆、蛍光ペンなどを取り出し、筆箱を逆さにした。中から小さな鍵が落ちて来て、圭介はその鍵をつまみ、引き出しについている鍵穴へ差し込んだ。 中から大学ノートを取り出し机に置く。ページを捲り、とある所でその手を止めた。 そこには数十名ではあるが個人的に調査したクズ共の一覧が書かれてあった。 内、4人は既に殺害した。残りは8名。仲野部圭介は次のターゲットを選ぶ為に、人差し指を突き出した。 「どれにしようかな。神様の言う通り…」 ターゲットは決まった。 岩下智彦(いわしたともひこ) 28歳。元パチンコ店従業員。 接客の態度が悪くクビになり、今は無職。住所も特定出来てある。 母1人子1人の母子家庭だが、家庭内暴力が酷く母親はいつも、顔を腫らしていた。衣服で隠れている身体もきっと青あざだらけだろう。 岩下智彦は毎日、昼過ぎからアパートを出る。母親の財布から金を奪い、それでパチンコを打ちにいく。 たまに勝った時は、母親にご馳走したり、何かプレゼントをしているみたいだが、だからといってクズには変わりない。 学生時代から素行が悪かったらしいが、特別、犯罪歴があるような事はない。内弁慶というタイプか。 圭介はこの時点で死体を遺棄する場所はパチンコ店にしようと決めた。 狙うのは岩下智彦がパチンコ屋から出てからの帰宅途中だ。 圭介は岩下智彦の帰宅路を頭の中で思い浮かべた。 閉店まで打つと仮定し、22時以降となる。夜はまだ少し肌寒い今の季節なら、目撃される心配は減る。 注意すべきは民家やマンションの2階以上の部屋だ。そこに明かりがついている場合はたまたま、外を眺める奴がいないとも限らない。 圭介は岩下智彦殺害までに一度下見をする必要があると思った。結構は1週間後の5月5日。子供の日だ。 その日にクズな子供である岩下智彦はその人生に終止符をうたれなければならない。 仲野部圭介は別な引き出しを開け、長年愛用している手斧を取り出した。これまでに3度刃を取り替えて来たが、柄は同じ物を使っていた。 新しいものが悪いわけではないが、やはり最初に握った感触がしっくり感じられず、刃だけを取り替えるようにして来た。 圭介は真新しくなった手斧の刃を明かりにむけて翳してみた。鈍色の刃からは手斧の持つ破壊力は感じられず、それが返って圭介の心を喜ばせた。 手斧の中にある、内なる狂気、秘めたる暴力性に圭介は満足な笑みを浮かべた。 だが岩下智彦を殺害するにあたって、この愛用の手斧の出番は少ないだろう。帰宅路で殺害するには不向きだからだ。 頭部に一撃を食らわすのであれば、一瞬で済むが、万が一、気づかれた時はそれが仇となりかねない。やはり刃の部分がギザギザになっているランボーナイフが手っ取り早く始末出来ると圭介は思った。 ランボーナイフとは映画ランボーでシルヴェスター・スタローンが使っていたナイフの事だ。刃の部分がギザギザになっており、肉などは簡単に抉り取る事が出来るナイフだ。これなら恐らく首を切り落とすのも可能な筈だ。 岩下智彦をパチンコ屋の裏側へと運び死体を切断するに至るまでの時間を考えると、やはりひと刺しで身動きが出来なくする事が可能なランボーナイフで致命傷を与える方が効率がいい。 仲野部圭介は今夜から、岩下智彦の帰宅路の下見をしようと思った。 岩下智彦を1週間、尾行した結果、パチンコに勝とうが負けようが、この男は閉店後にパチンコ仲間と必ず飲みに行く事がわかった。 数年前ならコロナ禍で深夜までやっている飲み屋などはなかったが、今は新型コロナも風邪と認識されるようになってコロナ薬、つまり新たな風邪薬も一般に販売されるようになっておりマスクも必要とされていなかった。 だから誰もが堂々と朝まで飲み明かす事が出来ていた。岩下智彦もその例に漏れず、パチンコ仲間と飲み歩いていた。 飲む場所は決まっているようで、駅から少し離れた焼き鳥屋だった。そこで深夜1時くらいまで飲みその場で皆と別れ歩いて帰宅するというのが常らしいが、1週間尾行した内の3日は放置自転車を盗みそれに乗って帰宅していた。 圭介は自転車を盗んだ日を狙う事にした。車で跳ね、倒れた所を車に連れ込みパチンコ屋へと運ぶ算段だ。 常に相当な量のアルコールを摂取しているので、軽く跳ねるだけで死ぬかもしれないが、それはそれで構わないと圭介は思った。 尾行を終えて3日後の夜、圭介は車に乗って例の焼き鳥屋まで行った。 店内に入り持ち帰りの焼き鳥を注文しながら岩下智彦がいるか確認した。 岩下は相変わらず大声で仲間と話しながらチューハイを呑んでいた。 圭介は最期の酒になるのだから存分に飲めばいい、そう思いながら持ち帰りの焼き鳥を受け取り代金を払った。そして店を出て車内で待機した。 店から岩下智彦が出てきたの1時半近くだった。 おおよそ3時間ほど呑んでいた事になる。 上機嫌なのか、店の外に出てからも、その付近にたむろしてしばらく仲間と雑談に興じていた。 40分くらい過ぎた頃だろうか。 全員とハイタッチをしてから解散した。岩下は圭介が停めている車の横の歩道を自宅方面へと歩いて行く。 ハイピッチで飲んだのか、今まで圭介が見た中で1番の千鳥足だった。 圭介は岩下の姿が見えなくなるまでその場で待機していた。そしてハザードをつけたまま、ゆっくりと車を出した。 低速で進みながら次の次に訪れる十字路の左カーブ手前の信号の位置を目視する。 岩下を跳ねるのはそこだと決めていた。これまでの岩下は全て左カーブにある歩道橋を使わず道路を横断していた。そこで軽く跳ねれば簡単に捕らえられる筈だ。 下手にスピードをだし、ウインカーなどが壊れでもしたら後々面倒な事になりかねない。 だから車のフロントで軽く跳ね、ノーブレーキで一度轢けば動かなくなる。その後に車に連れ込み、パチンコ屋を目指せば良い。 圭介は少し車の速度を上げた。岩下の後ろ姿を目視する。カーブに差し掛かる。岩下が歩道橋の手前で足を止めた。道路に足を踏み出す。 が、その足を引っ込め歩道橋へ向けて歩き出した。圭介はすぐ様車を止め、後部座席に置いてあるクーラーボックスを開きその中にいれてあるランボーナイフを掴んだ。 車内から飛び出して素早く岩下の背後に迫った。足音に気づいたのか、数段登っていた岩下はその場でこちらへと振り返った。 瞬間、ボクシングのアッパーカットのような形で腹部に向けてランボーナイフを突き上げた。圭介はナイフは抜かずそのままランボーナイフを腹の中で反転させた。内臓が抉れた感触が刃を伝って手の平に伝わってくる。崩れるようにのしかかってきた岩下を圭介はそのまま肩で受け止め抱きかかえた。そして急いで車へと運び助手席へ押し込んだ。シートを倒し、タオルを岩下の腹部にかけた。車のライトをつけ、パチンコ屋へ向かった。
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