第三章 ①8

1/1
前へ
/191ページ
次へ

第三章 ①8

圭介はバラバラにした岩下の身体をインドの修行僧のような姿に飾ると底知れぬ高揚感と満足感を得た。 やはりただ鰐に食べさせるよりは人間の存在意義としての死体はより強い魅力を放つものだと圭介は思った。 例え生前どれだけクズであろうと、死体を飾るとその人間の生きていた意義のようなものを垣間見る事が出来そうで、それは圭介にとっても新たな発見であった。 ただ今後はただバラバラにして捨てるのはやらないでおこうか。そう思わせる程の魅力が岩下智彦の死体から感じられる。 死までの時を作り上げる事は一種のクリエイティブな作業だと改めて思い知らされもした。 ランボーナイフを拾い上げ携帯用ライトを消す。野獣に狙われた小動物のように息を殺しながら死体から静かに後ずさる。ここまでの一連の行動を誰かに見られた感覚はなかったが、それでも用心するに越した事はない。 圭介は自身の存在が闇に紛れるかのように、ゆっくりとその場を後にした。車を止めている場所まで距離はあったが、その間も圭介は集中力を高め微塵も油断しなかった。 帰宅すると小屋に向かい着ていた衣服を脱いだ。血の付いた衣類を確認し大量の洗剤を入れ洗濯機を回した。仕事を行う時は決まって黒い服しか着ない。夜に目立たないというのがその理由だが、時には返り血や付着した血痕が中々落ちない時もある。そういう場合はその衣類は痛み具合にもよるが燃やすか小屋の掃除の時に着る用に置いておくのが常だった。 下着一枚の姿で圭介は洗濯が終わるまで道具の手入れに勤しんだ。父親はいつも地肌の上にサランラップを巻いてその上からツナギを着てあらゆる作業をこなしていたが、その理由は地肌に血を浴び続けると、普段から血の匂いが全身から香るのが嫌でそうしていたらしかった。 汗さえ苦々しい血の味がするようになると話してくれたが、圭介は一度としてそんな風に感じた事はなかった。 下着一枚の姿の今でさえ、何も香らなかった。あんな事をする父親は少し神経質過ぎだと圭介は思った。道具を取り替え丁寧に磨いた。今日は身体睡眠もしっかり取れていたので、このまま寝ずに朝の釣りへ出かけるかと、圭介はチェーンソーの刃に油を注ぎながら思った。 久しぶりに大量と言える魚を釣って帰ると、それらをぶつ切りにして水槽の中に放り込んだ。 前足が欠損している鰐が最初に食べ、それを見届けてから、もう一匹の鰐が自分のものとして魚を飲み込んだ。 そんな姿を見ているとそろそろこいつらに新鮮な肉を食わしてやりたいと圭介は思った。漂白者の仕事は別に今すぐ欲しいとは思わないが、処理人の依頼は鰐達の為にもなるべく早く受けたかった。 プライベートで犯している殺人も一度くらいは鰐の為に身体の一部くらい持って帰ってやる必要があるな。 洗濯の終わりを告げるブザーが鳴ると圭介はチェーンソーを棚に戻し、下着のまま洗濯機の所へ向かった。取り出し乾燥機にかける。 高校時代は乾燥機がなく湿気の多いこの小屋の中で乾かすは中々、大変だったが、今は楽でいい。もう15分待てば衣服は乾く筈だ。 仲野部圭介は今日殺した岩下の死体がいつ発見されるだろうか?と思った。警察は精神分析学を駆使し、強行がエスカレートして来ていると、誰でもわかるような事を言い出すのだろうか。そう思うと何だか笑えた。圭介はクスクスと笑いながら再び、他の工具の手入れを始めた。 朝食を家族揃って食べた。とはいえここ数日、お婆ちゃんの姿はそこにはない。 この光景は昔一度だけ見たことがあった。 それはお爺ちゃんが死ぬ間際の見せた行動だった。 行動というと聞こえは悪いけど、ようするに動けなくなったのだ。 その時はある朝突然に訪れて、その日の朝は一緒に朝食を取れなかった。まるで夢とうつつの狭間を行ったり来たりしている風に目を開けていたかと思うとすぐに寝息を立て、立てた寝息も直ぐに止まり緩慢な動きで瞼を開いたりした。 その時のお爺ちゃんは空腹をほとんど感じていないようだったのだ。という事は近々にお婆ちゃんは亡くなるかも知れない。その事で圭介が感慨深くなるような事はなかった。 真っ当な人生を送り、家族の側で死ねるのは何より幸せな事だと思う。かと思えば岩下のようにその命の結末が殺人によって終わった事を考えれば、やはり、他人に迷惑をかけず、辛くても歯を食いしばり、その場の感情に左右されず優しく生きるのが人としての在り方なような気がした。 勿論、自分の仕事が真っ当な社会人として不適切な事をしているのは承知している。が、言ってしまえばこの仕事は必要悪と言えるのではないだろうか。 誰もが優しい心を持ち、他人や身内を不幸にへしなければラピッドという会社が存在する意義はない。むしろない方がより良い社会な筈だ。 だがこの世界はそれとは真逆にある。だからこそ他者を不幸にする人間はこの世から抹殺する必要があるのだ。 その為に俺はここにいる。勿論、核大戦以外、全ての悪人を、刑事事件として罰せられない奴を含め殺す事は不可能なのだ。 だけど圭介は圭介がやるべき事をやる事で、少しでも不幸な境遇から逃れられる人がいる事に誇りと喜びを持っていた。 勿論、それと同じくらいに人体を破壊、解体する事への欲望も持ち合わせていた。圭介はお婆ちゃんのつけた漬物を口に頬張りながら、頭の中で消えかけているお婆ちゃんとの思い出を蘇らせていた。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加