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第三章 ①⑨
捜査は一向に進展しなかった。新たな証拠になるようなものも見つからず捜査員全員の表情は硬く、見るからに疲弊した表情を浮かべている。
誰一人としてその苛つきを隠そうとする者はいなかった。泡沢はそれら捜査員の苛立ちに触れる事のないよう気遣い、出しゃばるような真似はしなかった。
捜査会議も単調に終わり、ゲキを飛ばされても返す返事は立派だが、誰の心にも響いていないのは明らかだった。
中には悪党を減らしてくれるなら願ったり叶ったりだよと笑いながら話す捜査員もいた。
泡沢はそんな捜査員の会話には耳を貸さず、小川さんと打ち合わせをし直した。
「現場百回とはよく言うが、百回で足りなかったら、その倍やるしかないだろ」
「ですね」
「おまけに今のお前はインポだからな」
小川さんはいい馬鹿みたいに笑った。
勃起刑事が来るらしいという触れ込みは、少なからず県警の中で話題にはなっていた筈だ。
それが全く持って期待はずれとなっている今、インポだと言われても仕方ない。悔しいが甘んじて受け入れるしかなかった。
「すいません」
「謝ってチンポが立つなら好きなだけ謝ればいいさ。だがそうじゃねーだろ?」
「はい」
「なら今日は又、現場に戻った後、飲みに行くぞ」
「スナック天使、ですか?」
「おうよ」
小川さんはタバコの脂で黄ばんだ歯を剥き出しながら不敵な笑みを浮かべる。ひょっとしたら小川さんはママといい関係にあるのかもしれない。
何の収穫もないまま、時間だけが無情に過ぎ去って行った。
小川さんは
「ったく馬鹿馬鹿しいにも程があるぜ」
と愚痴り、泡沢を引き連れそさくさとスナック天使へと向かった。
スナック天使に行くとママの姿はなく、小川さんは少しばかりしょげた表情を浮かべた。
カウンターに1人立つミミさんに向かって小川さんはこう言った。
「ママはどうした?」
ぶっきらぼうな言い方に、ミミさんの眉根が僅かにあがる。小川さんの言葉にイラッとしたのだろう。幾ら常連だからといえ、もう少し言い方があるのではないか?泡沢は思ったが口には出さなかった。
「まだ来てないんです」
「いつもあんたが先に来るのか?」
「いえ、普段はママが先に来てますよ」
「連絡は?」
「携帯にも家電にも連絡はしましたが、留守電で…」
「体調崩して動けないのかも知れねーな」
小川さんはいった。
「ちょっとママの家に行ってくるから、泡沢、お前、ここで待ってろ」
そういうが早く小川さんは乱雑にドアを開けスナック天使から出て行った。
「小川さんはママの自宅をご存知なようですね」
ミミさんは微笑みながら泡沢を見つめた。
「何になさいます?」
お通しの柿の種をカウンターに座る泡沢の前に出しながらミミは尋ねて来た。
「じゃあ、ビールで」
「はい」
中瓶とグラスがカウンターに置かれるとミミは私も頂いて良いかしら?ともう一つグラスをカウンターに置いた。泡沢はどうぞといい、自分の分とミミが飲む用のグラスに注がれる黄色い液体を眺めていた。2人はグラスを持ち、何に対してかわからないが、乾杯した。
泡沢は一口目はグラスの半分辺りまでゆっくりと飲み、一旦、カウンターへ置いた。ミミは両手で挟むようにグラスを持ち、泡沢が飲む姿を眺めながら微笑んでいる。
泡沢と目が合うとミミは
「頂きます」
といい、ちびちびと飲み始めた。
「ママさん、大丈夫だと良いですね」
「ええ」
「今まで、こういった事はありました?」
「私がここで働く前の事はわかりませんが、
私が来てからそういった事はなかったと思います」
なかったです、ではなく思います、か。と泡沢は思った。
ミミがいつからここで働き始めたのは知らないが、普通、そういう事は覚えているものではないだろうか?
急用が入り先に来てお店を開けててという事だってあり得る話だ。ましてや、この店に慣れていない頃にそのような事が起これば忘れる事はないと思う。それが苦い思い出となっていれば尚更のはずだが、どうやらミミにはそういった事は起きなかったのかも知れない。
泡沢はカウンターの下でギンギンに勃起しているペニスの位置を直しながら、グラスに口をつけた。
この店に入り、ミミをみた瞬間から股間は疼いた。
やはりこの女は何らかの犯罪に関わっている。
間違いない。
だがどの犯罪に関わりがあるのかわからないが、泡沢はどうにかして突き止めたかった。
何か良い方法はないだろうか?と飲み干したグラスに新たなビールが注がれていく。そのミミの手を見つめながら泡沢はそう思った。
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