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第三章 ②②
3日も経たない内にお婆ちゃんが死んだ。
圭介は遺体を見ても悲しみは湧き上がらなかった。
ただ寂しくなるな、と思っただけだった。
産まれて来た時から5人家族が当たり前だった家庭がお爺ちゃんが亡くなり続いてお婆ちゃんが亡くなった。
順番で言えば当然の事なのだけど、2人のいない家庭というものはしばらくの間、空虚さを感じるかも知れない。
まぁそれでも生まれた限り死は付きものだし、早い遅いの問題ではなくお婆ちゃんが理不尽な死を迎えなかった事は良かったと思った。
告別式、葬儀はあっという間に終わり
お婆ちゃんの遺骨は年寄りのせいか、凄く少なかった。
ひと段落つくとお母さんが熱を出し、数日間寝込んだ。葬儀の手配や、近所の人や親戚に神経を使い、疲れが出たのだろう。
お父さんは全くそのような事は無く、普段と変わらなかった。まぁ、元処理人からすると、家族とはいえ人1人の死に対し心が揺さぶられる事は無いのだろう。
しばらく処理の仕事が来なかったが、午後、久しぶりにラピッドから依頼が来た。処理する遺体は長野にあるという事だった。
急な依頼で申し訳ないと謝罪されたが、圭介は快く引き受けた。どうやら別の処理人が長野へ向かう最中に追突事故に巻き込まれらしかった。
圭介はその話を聞き流し、受け渡し場所の住所を尋ねた。メモし、朝方には着けると思うと告げ電話を切った。
長野へ向かう道中、斉藤こだまからLINEが届いた。圭介の感覚からしたら久しぶりという程ではないのに、斉藤こだまは、「久しぶり。元気?」と送って来た。
あまり高速道路を運転するのは好きではない圭介は、丁度、国道を通っていて、信号待ちの最中だった。
「元気だよ」
メールだろがLINEだろうが文字というものは、どんな言葉を送った所で、そっけなさというのはついてまわる。
だから絵文字、顔文字、スタンプなどは気持ちを伝える為に利用するのだけど、圭介はこのような仕事をしているせいか、普段から人付き合いというものは皆無に近かった。家族意外とは殆ど会話もしない。だから文字に対して感情を表すような事はしなかった。
仕事の返信に対してもスタンプなど使う必要性もないからだ。こういうものはシンプルが良い。
出来るか。出来ないか。それだけだ。だから斉藤こだまに対する返信も、そっけなさを感じられるかも知れないが、圭介自身には全く悪気はなかった。
「なら良かった。また皆んなで飲みに行きたいね」
斉藤こだまの意図が圭介にはよくわからなかった。飲みに行きたいなら皆を誘えばいいだけだ。行きたいね、というなら行けばいいだけじゃないか。そう思ったが圭介はそれについては言わなかった。
「仕事で車運転中なんだ」
「あ、ごめん、いきなりだったから迷惑だったね」
迷惑ではない。だが迷惑でもあった。けれど圭介はそれについては触れず
「明日以降なら大丈夫」
「わかった。又、LINEするね」
横目でその文字を読み、再びスマホのナビに切り替える。この車にはナビはついていないから自然、スマホのナビを使用していた。圭介もそれで充分だと感じていた。だから新たに車にナビを付けるという考えは圭介には無かった。
たださっきみたいな事があると、気が逸れるというのは否めなかった。それに今日は死体を受け取り無事に運ばなくてはならないのだ。
どちらかといえば圭介は人を殺すより、こちらの方がより緊張した。検問で警察に見つかるのが怖いわけではなく、理由は自分でもわからないが多分、車の運転自体が好きではないからかも知れない。だから集中力を削がれたのは正直、気分が悪かった。
長野県の指定された場所についたのは明け方4時を少し回った所だった。休憩もほとんど取らず運転しっぱなしだった為に、身体のあちこちの筋肉が硬くなり動かすと関節がバキバキと鳴った。
一旦、その足でコンビニを探してトイレを借り、冷たいコーヒーを買った。眠気はなかった。なので死体を受け取り次第、帰宅しようと思った。
死体を積んだ車が圭介のいる車の後ろに、バックで近づいて来たのは5時前だった。
ざっくりとした到着時間しか伝えていなかったし、相手側の連絡先を知るのも断った。急遽、ヘルプの受け取りだから、無駄話などもしたくなかったからだ。
ただ車のナンバーと特徴を告げ、先方に探すようにラピッドに依頼しておいたのだった。
そして5時近くになって現れたというわけだ。
死体を運んで来たのは40歳前後の細身の女性だった。トランクを開けて車から降りてくると窓を叩いて来た。圭介はトランクを開け直ぐさま車外に出て挨拶もせずに死体の積んである方へ足を向けた。
死体は段ボールにも袋にも入れられてはいなかった。絨毯でぐるぐる巻きにもされていない。
真っ先に剥き出しの足が目についた。素足の足の裏には土のような物がついている。鬱血したような表情で絞殺したのだなと圭介は思った。
死体はかなりの年を召している老婆だった。
持ち上げる為に腕を掴むとその細さに少しだけ驚いた。拒食症患者のようにガリガリにやせ細っている。
「認知症が酷くて、家の中に閉じ込めていたらしいの」
死体を運んで来た女がそう言った。圭介はその言葉を聞き流し、すぐに自分の車のトランクに移動させた。そして用意した毛布を死体の上に被せた。
「食事も与えず、死んで行くのを待ってたみたい」
「そうですか」
言って圭介はトランクを閉めた。
「という事は手を下したのは、漂白者じゃない?」
「漂白者?……、あ、シェフの事ね。久しくその呼び方を耳にしていなかったから、思い出すまで時間がかかってしまったわね。ごめんなさい」
「いや。構わない。個人的にその呼び名の方が好きなだけなんで」
女は、そう、と言ってそのまま言葉を続けた。
「元々、ターゲットにされていた人物ではあったのだけど、ある時、認知症が発症し、しばらく様子を見る事になったの。その間に、家主が殺してしまったってわけ」
「なるほど」
「で、慌てた家主が、ちょうど組織内の人間と知り合いでさ。同じ町内会で親しくしていたらしく、助けを求めて来たのよ」
「それって素人にラピッドの事を話したって事か?」
「組織の事は伝えてはいないわ。それに家主も親殺しで捕まりたくはないと怯えていたみたいで、口を割ることはないと考え、手を差し伸べたって経緯よ」
「それでもいつかは近所の人にこの老婆の姿が見えなくなったのはバレるだろう?葬儀もやらないのではより不思議に思われる」
「そこの所は私達も危惧しているわ。今後どうするかはまだ検討中なのよ」
「そうですか。なら良いけど」
圭介はいい、ポケットの中からウエットティッシュを取り出した。手を拭いた後、
「この老婆、爪が全部剥がれているけど、明らかに防御瘡じゃないよね。もし家主が殺す前に全部爪を剥がしたなら、その家主こそ、危険な気がするけど」
「閉じ込めていた部屋から抜け出そうとして四六時中引っ掻いていたらしいわ。その時の指の爪が全部剥がれたんでしょう」
「それが本当なら、そうなのでしょう」
「で、閉じ込めていた部屋から血まみれなお婆ちゃんがいきなり出て来たから思わず首を絞めて殺したそうよ」
「どれくらい食事も与えず閉じ込めていたかわからないですが、人間って想像以上に生命力がありますから」
「そうね」
「後は任せて下さい」
圭介はいい運転席の方へ足を向けた。
「急な依頼で迷惑かけちゃって…申し訳ないわね」
「いえ」
圭介はいい運転席に乗り込むと直ぐエンジンをかけた。
別れの挨拶もせず、圭介は車を発進させた。
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