第三章 ②④

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第三章 ②④

2日後にラピッドの社員が葬儀社を偽装し、身内だけの家族葬を執り行う事で、世間体は守られたようだった。 聞いた話によれば、近所の誰一人、献花や弔問をさせてほしいと言って来た者はいなかったらしい。 つまりあの老婆はそういう人生を送って来たという事だ。 なるほど。やはりラピッドがターゲットとして、チェックしていた理由が何かしらあったわけだと圭介は思った。 これで家主は一安心だろう。ただ、親殺しをした事実は変えられない。 その事実に家主の精神が耐えられるかどうか。それはそれで見ものでもあった。 恐らくラピッドは引き続きこの家主の言動を逐一チェックするに違いない。 罪の意識に苛まれ精神が耐えられなくなれば警察に自主する可能性があるからだ。 そして何より老婆の血を引いた息子でもある、というのは充分にチェックし続けるに値する条項だ。 例え死ぬまでラピッドの存在自体、口に割らなかったとしても、それを信用できるほど会社はお人好しではない。不可解な行動を感じ取れば、家主も又、殺される事になるだろう。 夕食の後、突然、父から明日から母と2人で旅行に行ってくると告げられた。 国内らしいが、帰ってくるのはいつになるかわからないという事だった。要するに、旅先で次に行きたい場所を見つけて、そちらへ行き、又、見つけては行くというぶらり旅をしたいらしい。 「まさか海外とかは行かないよね?」 圭介がそう尋ねると母がニヤけた顔で 「わかんないわよぅ」 と返した。 「ねぇ、お父さん?」 「あぁ、母さんの言う通り、岩手に行ってる時にいきなりボリビアに行きたくなるかも知れないからな」 「ならパスポート取らなきゃじゃない?」 「とっくに取ってあるわよ」 最近はとくに母の表情がとても明るくて圭介は安心していた。 少なからず数十年もの間、お婆ちゃんやお爺ちゃんと同居し続けるというのは並大抵な事ではなかっただろう。 お爺ちゃんもお婆ちゃんも母には優しかったし、母も2人のことは好いていたと思う。仲も良かった印象しかない。それでもこんなに明るい母の笑顔を見るのは随分と久しぶりな感じがした。 圭介自身が意識してなかっただけで、今までもそうだったのかも知れないが、母は父がラピッドを退職するまで、2人だけの時間も中々取る事は出来なかった気がする。それだけに今この状況が息子である圭介自身も嬉しかった。 「好きにすればいいよ」 「言われなくてもしますよ」 母は笑い、続けて父も笑った。 食卓に並ぶ最高級の食材は、家族の笑顔なんだなと、圭介はサラダを摘みながら思った。 とりあえず個人的なターゲットは既に決めてある。 天使というスナックのママだ。店内もそれほど広くなく場末のスナックという感じだが、常連客もかなりいる。 何度か飲みに行ってみたが、一見、悪い人間には見えない。中年太りで、目尻の皺は隠し切れておらず、派手な格好をしているくせに、年相応に見える。 お客にはわけ隔たりなく、フランクに話しかけボディタッチも必要最低限にやって来る。 だがこの中年の女は過去3人もの嬰児を殺している。10代の時に、公衆便所で産み落とした実子を踏みつけて殺しそして20歳の時、ふらっと病院に侵入し2人の新生児の首を絞めて殺害していた。この事件で精神的な不安定さを考慮され10年の実刑を受け30歳の時に出所した。 何故、それがわかったかというのは簡単な話で、新生児殺害のニュースは話題になり、ラピッドもこの女に注目していたからだ。 つまり出所してからも又、やるかもしれないという理由で、監視され続けていた。 だが数年前に、大丈夫と判断されラピッドはスナック天使のママから手を引いた。その話を聞いてから圭介は暇を見つけてはママを監視し続けた。 怪しい所はなかったが、既に3人の新生児を殺している女だ。罪は償ったとされているがやった事は許される事ではない。 他人の愛おしい赤子を2人も殺したのだ。償う事なんて出来やしない。遺族が望むのは極刑だけだ。だがそうはならなかった。だから圭介はターゲットにしたのだった。 斉藤こだま達の飲み会がいつになるかわからないが、それまでにスナック天使のママを処理しよう。圭介は夕食の片付けは自分がやるからと両親をゆっくりさせてあげた。 どれくらいの期間、2人がいないのかはわからないが、自分が生きていく上での生活が変わるわけではない。 ただ個人的なターゲットの殺害方法は変える必要があるかも知れないと、食器を洗いながら圭介は思った。
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