第三章 ②⑥

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第三章 ②⑥

スナック天使のママを殺害するにあたって、仲野部圭介は2週間ほどその行動を見張った。 これといった趣味もないらしく、自宅と店の往復の2週間だった。休日の日も、昼間に買い物に出かけ、1週間分なのか、10日分なのかわからないが大量の食材を買い込んで自宅に戻っていった。店に出す食材などは、どうやらもう1人の従業員に頼んでいるらしい。 殺害するのには夜がベストではあるのだが、ママが店を閉め、出る時には決まってタクシーが待っていた。 なのでそこで拉致する事は不可能に近かった。そのまま自宅に直帰するママを捕まえて別の場所に移動させるのは、リスクが高いと圭介は判断した。 マンションの下見も数度行っていて、防犯カメラなどはない事はわかっていた。 住人になりすましエレベーターに乗り込んで、という手もないわけではなかった。だが、エレベーターには遠隔監視中と書かれたシールが各階数を示すボタンがある版の上に貼られている。 エレベーター内にはカメラらしき物はないが、このシールがフェイクだとしても、無理して拉致するのは得策ではないと圭介は考えた。 となればやはり部屋に忍び込みそこで殺るしかなさそうだ。 幸い、築年数も古いマンションで鍵も最新の物に付け替えられてはいない。 ピッキングなどのそういった技術は持ち合わせていないが、ドライバーなどで無理矢理こじ開ける事も可能そうだった。 別な場所で殺害する為に鍵穴に強力な接着剤を流し込み入れないようにして拉致する手もあるが、やはり誰かに目撃されるリスクがある為、その考えは直ぐに却下した。 決行を決めてから2日目の夜、店から出て来たママは、かなり泥酔しきっていた。まともに歩く事も出来そうにないくらい足もふらついていた。 そんなママに肩を貸す、名前は忘れたがもう1人の従業員の女が、呆れた声で「もう、ママ、しっかりしてよ」と言いながら開けられているタクシーのドアまで抱き抱えて連れて行きママを押し込んだ。 運転席に近寄り「お願いね」と言いながら、その女はタクシーを見送る事なく店へと戻って行った。 タクシーが走り出すと圭介も車を発進させた。見失わない程度の距離を保ち、マンションまでつけて行った。 タクシーが止まり、運転手が座席からママを引きずり出すのを遠目で眺めながら、圭介は用意して来た鞘に入れたナイフを腰に差し込み車から出た。 腰にドライバーやハンマーの類が入った腰袋を巻くとタクシーが走り出すのを確認してからマンションの入り口へと向かって行った。 ママの部屋の前に来ると部屋の明かりがドアの隙間から漏れ出していた。目線を下げると、乱雑に脱いだパンプスの踵がドアに挟まっている。鍵を閉める事も忘れるくらい泥酔しているようだ。 そっと中へ入るとママはリビングの床にうつ伏せになっていびきを立て眠っていた。 その姿を見て圭介は呆れてしまった。全く殺し甲斐もないな、そんな風に思いながら一旦リビングを出た。 玄関外に出て革手袋を嵌めドライバーなどを使い、ドアノブ周りや鍵穴へむりやり差し込んだ。 こじ開けた風に見せかける為だ。それが終わると部屋に入りドアを閉めた。靴を脱ぎ、それを持って室内を詮索した。 寝室がある部屋に入りクローゼットを開けた。靴を持ったまま、そのクローゼットの中へと入った。 物音で目が覚めた時、今が何時なのか圭介には見当もつかなかった。寝起きも悪い感じはしなかった為、かなりの時間、眠っていたらしい。 耳を澄ますとかなり大きな音で昭和歌謡曲らしき音楽がかけられていた。 圭介はそっと扉を開け辺りを視認した。 ベッドの側にある化粧台に向かってでっぷりとした体型のママが丸椅子に腰掛けメイクをしている。 その位置からは圭介の姿を捉える事は出来そうになかった。圭介は脱いでいた靴を履き、耳障りな程の音楽を聞き流しながらママへと近づいていく。鞘からナイフを抜き出すとママの背後に立った。 鏡越しに異変を感じたママの目が見開き、圭介を凝視した瞬間、圭介は微笑みかけママのの頸動脈にナイフの刃を押し付け一気に引き裂いた。同時に返り血を浴びないよう、ママの肩を掴み、背後に隠れるよう身体を移動させた。 その後で髪の毛を掴み、血飛沫が自分にかからぬようコントロールした。息耐えたのを確認した後、腰袋に入れていたアイスピックを取り出し、右目を突き刺した。そしてもう2本取り出すと、左目、そして口をこじ開け舌を引っ張りだした。 そこに残りのアイスピックを突き刺した。その後で左手に持ち替えていたナイフを右手に持ち直し、背中を数カ所刺した上で、部屋の中を荒らした。 このような殺し方は圭介には不本意ではあったが、致し方ないと諦める事にした。部屋を出る直前に電話がなっていたが、当然、圭介はそれを無視し、静かにマンションを後にした。 事件のニュースは翌日の朝1番で伝えられた。 1人朝食を取りながら、圭介はぼんやりとした目でテレビ画面を見つめていた時だった。今朝釣れた魚は2匹だったが、その2匹ともかなりの大物だった。 捌いて水槽へ投げ入れると、珍しく直ぐに鰐達が食らいついて来た。よほど空腹だったのだろうか。 まぁ、あんな老婆の身体では、当然物足りなかったのだろう。 そんな事を思い返しながら、ニュースを見終えると圭介はテレビを消した。朝食の後片付けをした後、軽くトレーニングをしてシャワーを浴びた。 その後、ベッドに横になり2時間ほど眠った。そして昼前に支度を始め、昼過ぎに家を出た。 都内へ行くつもりだった。個人的なターゲットを探す為だ。この街ばかりで殺人を犯すのはあまりにも危険である。だが圭介はあえて都内で殺陣を犯す事で警察の目をそちらへ向けさせたかった。そうする方が良いと考えた。 だから圭介は今日一日の半分はターゲットを見つける事に費やそうと思った。 偏にターゲットと言っても直ぐに決められるわけではない。不遜な態度や自己中な人間を見つけてターゲットにするのは間違いはないが、だからといって即殺害計画を練るとはならない。 何故なら人は感情の生き物だからだ。たまたま嫌な事があり、機嫌が悪い事なんて誰にでもあるわけだから、たったその時だけの言動で殺してしまうのは余りにも可哀想だ。だからターゲットを見つけたらストーキングを開始する。今日の予定は自宅の把握までだ。圭介はゆっくりと流れる景色を電車内から眺めながらほくそ笑んだ。やはり新しいものというのは胸が躍る。 圭介は窓に映る自分が微笑んでいる事に気づき手で口を隠した。
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