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第三章 ③⓪
電車が止まり、何気なく外を見ると、見覚えのある顔がホームに立っていた。
その者は派手な身なりで車内から降りていく不特定の人間の中の誰かに向かって手を振っていた。
圭介は手を振る者の笑みが気に入らなかった。都内へ出ることを決めていたが、急遽、この駅で降りる事にした。その者は、降りてきた乗客の1人の女を迎えると飛び跳ねるように抱きついた。
その者はスナック天使の従業員で、源氏名はミミだった筈だ。
そのミミは自分の雇い主であるママが殺されて間もないというのに、気にする風もなく、おまけにホームにいる周りの人達の事など構わずはしゃいでいた。
胃がムカムカするような苛立ちが圭介の中に湧き上がる。その瞬間、圭介はこの女をターゲットに決めた。
スナック天使の従業員であるミミは心底楽しそうに、二言三言、その女と言葉を交わすと腕を組みながら階段の方へと向かって行った。
圭介は一定の距離を保ちながら2人の後をつけた。別にママの死を悲しめとは思わないが、ミミのその笑みは、ママの死を、他人事と捉えているようで、圭介はそれが気に食わなかった。
世の中にはそういう人間がいる事くらいわかっているが、ミミから感じる無関心さに思わず電車を降りてしまったのだった。
今更だが圭介はミミが普通の中年女だという認識を改めなければならないと考え始めた。
スナック天使のママは過去に何度も罪を犯していたし、だからこの手で殺害したが、ひょっとしたらミミも血塗られた罪深い過去を持っているかも知れない。
そう思った圭介は、一旦、2人を追い抜き、充分離れた場所から再び引き返し、スマホを片手に、Bluetoothを通じて会話をしている風を装い、ミミともう1人の女の顔を写真に撮った。そして、見失わない程度に離れてから又、2人の後をつけた。後をつけながら圭介はさっき撮った写真をラピッドへ送信した。
念の為に2人の身元を調べさせる為だった。ミミが調査の対象になっていれば、直ぐに身元は割れる筈だし、殺害予定があるのであれば、それを圭介が邪魔する訳にはいかないからだ。
もしそれらが無ければ圭介は自分で殺るつもりだった。圭介は一旦、スマホをポケットに押し込んだ。
そして存在を消すかのように呼吸は小さくゆっくり吸った。そして2人の背中を見つめながら、後を追う。その目からは鋭い眼光が発せられ、駅から出てもその光が失せる事はなかった。
ラピッドからの返信は2人がスナック天使の中に入って直ぐに送られて来た。圭介はスナック天使の入り口が見える場所へと移動し、しばらく様子を見ることにした。スマホを取り出しラピッドからの返信を見る。過去にも今現在も、ミミは調査対象にされた事はなかったようだ。
そして直ぐに新たなメールが送られて来た。この近辺のラピッドの従業員の名前、電話番号、顔写真が送られて来たが圭介はそれを直ぐに削除した。今現在、あの2人が対象外ならそれはそれでいい。
改めてわざわざここら辺りの従業員の手を煩わせる必要もない。今、圭介は殺るのは自分だと決めたからだ。
2人が店に入ってから数時間が過ぎた。辺りは暗くなり数少ない街灯がちらほらと灯り始めた。
その頃になって圭介はスナック天使に裏口があるか、確かめておこうと思い、店の方へ足を踏み出した。
その時、少しくたびれたスーツを着た男がスナック天使の中に入って行った。まだ外に看板も出ていないのに、その男は戸惑う事なく店の扉の把手を掴んだ。
ゆっくりと開き中へと入って行く。圭介はその男の出立ちや一連の動きに、違和感を覚えた。ひょっとしたら、刑事かも知れない。常連という可能性もあったが、圭介には何故かそのようには感じられなかった。
店の裏へと回る。裏口らしき物は見当たらなかった。つまり出入り口は1つという事だ。
圭介は元の場所に戻り、店を見張った。
男が入ってから1時間近く過ぎた頃、ミミ1人が店から出て来た。そのまま小走りに何処かへ向かい、20分くらいしたら軽自動車に乗って戻って来た。
そして一旦、車から降りると助手席のドアを開け、シートを前に倒した。そのままにして店に入ると、ミミの連れが男の腕を自分の首に回し、身体を抱き寄せ腰に腕を回し抱き抱えるように店から出て来た。
男は泥酔しているのか、人形のように2人に運ばれて行った。男を抱いた女が後部座席へ男を押し込んだ。
この時、圭介の頭の中である疑問が浮かび上がった。1時間足らずで泥酔?だと?おまけに抱えられながら、愚痴や文句も言わず、なされるがまま全く動かないというのは解せなかった。
圭介は車に乗って来なかった事を悔やんだ。間違いなくミミ達は男を何処かへ連れて行く気だ。ミミは店の扉に鍵を閉め運転席へと回り込んだ。圭介は急いでその場から離れ、タクシーを探した。ドアが閉まる音がして車が走り出した。圭介は駆け足でメイン道路へと飛び出していった。すかさず手を上げるが、直ぐ目の前に来ていたタクシーは通りすぎて行った。
ミミ達が乗った軽自動車がこちらへ向かって来る。視認しながら、圭介は次のタクシーを探した。来た!と思い、再び、ミミ達の車を確かめた。赤信号で止まっていた。運がいいと圭介は思った。
タクシーに乗り込むと、行き先を尋ねられたが、とりあえず真っ直ぐとだけ告げた。辛うじて視認出来ている車をタクシーで追うというは中々、至難の業だった。
映画やドラマのようにはいかない。運転手に嫌な顔をされながら圭介は40分近くミミ達の後を追ってもらった。寂れた倉庫街に来た時、圭介はそこでタクシーを止め、しっかりお釣りをもらってからタクシーを降りた。
この中にいるのであれば、探すのはそう難しい事じゃない。何故なら車が目印となるだろうからだ。
圭介は灯りがほとんどない倉庫街の暗闇の中を軽自動車を探しながら歩いて行った。
闇の中、小さな車のシルエットが浮かび上がっている。シャッターの隙間から僅かだが、淡い光が漏れていた。耳を澄ませると倉庫内から僅かに物音が聞こえて来た。
シャッター側まで近寄り、息を殺した。女性らしき会話が聞こえたが、小声で話しているのか内容までは聞き取れなかった。
圭介は中に入る為の手段を見つけなければならないと思った。シャッターを開けるのはダメだ。裏に回ってみたがドアには施錠がされている。カードキーなどで入れるような最新タイプではなかったので、壊そうと思えばできなくもなかった。
だがそうすると間違いなく物音で感づかれる。それは避けたかった。色々思案した結果、割れた窓から侵入するのが1番だという答えに圭介は至った。
表に戻りシャッター前で身構える。携帯している薄手のゴムグローブを嵌めながら、会話が聞こえなくなるまで待った。それから窓枠に腕を通し、もう片方の腕で外側からガラスを押さえた。
中に入れた腕を手前に曲げ、手の平を広げガラスを挟むように両の手の平をあてる。前後左右に揺らしながら割れたガラスの残りを窓枠から引き抜いた。
何度かそんな風にしてガラス破片を抜き取った圭介は、窓枠に両手を置き、そこへ登る為にジャンプした。そして頭と首、そして背中をくの字に折り曲げ倉庫内へと侵入して行った。
なるべく音を立てないよう、窓枠を掴んだまま懸垂の要領で、ゆっくりと身体を下げて行った。奥の方から声が聞こえるが内容まではまだ聞こえなかった。
わからないという事は今居る場所からはそれなりに離れているという事だ。圭介は数度瞬きをした。暗闇に慣れる為だ。
そうすれば見えるようになるという根拠は全くないが、暗闇の中で動く時はいつしかそのような行為をするようになっていた。癖と言ってもいいかも知れない。
圭介は声のする方へとゆっくりと歩を進めて行った。数多ある大きな機械類に身を隠しながら進んでいくとミミ達の話す内容が聞こえて来た。
わかった事は、スナック天使の従業員であるミミと一緒にいる女は名前を珠世といい、連れ去られた男は、珠世の彼氏?本人は否定したが、続く犯人という言葉でどうやら珠世は刑事らしいという事がわかった。
そして木下という人物を殺したという言葉。珠世という女は木下という人間を殺害したようだ。となればそのような人物とこのような会話をしているミミも、仲間なのだろう。圭介はズボンのポケットにしまっておいた折り畳み式のナイフを抜き取った。
息を殺し少しずつ2人の声がする方へと進んで行く。キャンプ用のランタンの灯りが灯っているのか、ようやく3人の姿が確認出来た。男は目隠しをされ下半身を裸にされた姿で鉄骨に縛られている。身動きが出来ないでいた。
珠世という女が男に向かって先輩と言った。なるほど、やはり捕らえられた男も刑事なのか、と圭介は思った。
つまり、珠世とミミはこの男の刑事に木下という人物の殺害の、何かしら疑惑をもたれ、証拠を掴む為に男が2人に接触した時に、逆に捕らえられたのか。
となればあの男の刑事は間違いなく殺されるだろうな。圭介は助けるべきか迷った。
助けるにしても、もう少し様子を伺おうと思った矢先、珠世という女が男に跨った。腰を動かしながら背中に回していた手を男の首の方へと回した。その手には安っぽい果物ナイフが握られていた。珠世という女はそのナイフを刃先を男の喉へと押し付けた。
少量ではあるが男の喉から血が出始めた。珠世という女に犯された快楽からか、刺された苦痛からか、圭介にはどちらかわからないが、男は激しく呻き声を上げた。
更に血が流れていく。出血が勢いを増したようだった。男の唇から生気が失せて行く。ミミは楽しそうにその様子を眺めていた。男が力なくうなだれ、珠世が男の身体から離れた瞬間、圭介は素早く飛び出した。駆ける圭介の足音にミミが頭だけで後方へと振り返った。
その目に向けて圭介はナイフを突き刺した。ナイフを素早く抜き取ると、駆けた勢いのまま、今、起きている現実に全く気づけていない珠世へ向かって行った。珠世は自身が犯し刺した男を見下ろしながら、ずり上げたスカートと下着を丁寧に直していた。その背後から圭介は飛びかかり左腕を首に回した。一瞬、何が起きたのかわからなかった珠世は直ぐに我に返り身をよじらせ足掻いた。が、圭介は首を絞めたまま右脚で珠世の足を払った。
珠世は身体のバランスを失い、頭ごと前へと倒れて行く。両腕をぐるぐる回し圭介から逃れようと暴れるが、コンクリートの地面が目に入ったのか、回していた腕を自分の顔を守る為に地面へと突き出した。そんな珠世の肩口へ目掛け、圭介は数度、ナイフを振り落とした。
ドスンっ!という音の僅か前に圭介は珠世の首から腕を離した。珠世の背中に跨っていた身体を横へずらし圭介は立ち上がった。圭介に目を突き刺されたミミは喚き声を上げながら地面をのたうち回っている。
珠世が匍匐前進しながら、逃れようとしているのを確認した圭介は、一旦、珠世を放置した。そしてミミの側に近寄り、横腹を蹴り飛ばした。その脚で幾度となく顔面を踏みつけた。そして刃にべったりと血の付いたナイフでもう片方の目を突き刺した。そしてそれを抜くとミミの頬を鷲掴みにした。
口を開かせ口角に刃をあてた。ナイフを握る手にもう片方の手を添える。膝で首を押さえて口角から頬へ向け、ナイフを押し上げた。裂かれた頬から血がほとばしり出る。両頬を切り裂いて、ようやく圭介は一息ついた。その後で僅か数メートル動いただけのミミの首に僅かばかり刃の欠けたナイフを赤子が初めて見る仔犬に戯れるように、繰り返し刺し続けた。
返り血を浴びながら圭介は珠世の方を振り返った。珠世は必死に自分の肩口押さえながら流れ落ちる血を止めようと足掻いていた。
徐々に生気が失われて行く珠世の目に何が見えているのだろう?自分が殺した木下という人間の死に様だろうか?それとも鉄骨に縛り付けていた男とのSEXの事だろうか?圭介は珠世の顔を覗き見た。
開いた瞳孔に映し出される自分の顔に、圭介は思わず微笑んだ。その後で圭介は珠世を仰向けにさせ、その豊満な胸に耳を当てた。
心臓の鼓動が止まったのを確認すると、圭介は珠世の衣服を剥がした。それを幾つかに切り裂くと端と端を結んだ。スカーフのようにした後で、鉄骨に縛られている男の首に、出血を止める形で巻きつけた。軽動脈に数本の指をあてる。まだ微かに脈はあった。運が良ければ、出血が止まり助かるかも知れないと圭介は思った。だが勿論、警察や救急車を呼ぶつもりは圭介には毛頭なかった。
そして圭介は立ち上がり裸にした珠世を見下ろした。返り血を浴びた衣服を脱ぎ裸になると珠世の足下へ移動した。両脚を持ち上げ、珠世の性器に顔を埋めた。こうして死体を抱くのはいつ以来だろう?そんな考えは直ぐに頭の中から消え去り、果てしない高揚感に包まれながら圭介は珠世の中と口の中で射精した。
死体が発見された時、この精液が圭介への手掛かりとなり得る事も、圭介はわかっていた。が、未だどんな小さな犯罪でも捕まった事のない圭介にとって精液を残す事は意に返さなかった。
珠世を抱いた後、圭介はミミの衣服も剥ぎ取った。そして自分の顔を拭いた後で、2人の女の身体を丁寧に拭いて行った。そして一旦、縛られている男の首に巻いたスカーフもどきを外した。
ミミから剥がした新たな衣服の一部の端と端結び、男の首へ衣類を巻き直してやった。最初に巻きつけた衣服の切れ端はポケットに押し込んだ。圭介はゴムグローブをしているにも関わらず、自分が触れたと思われ箇所やガラスを丁寧に拭い去った。指紋が出るとは思わないが、こういうのは癖をつけておいた方がいい。万が一にもゴムグローブが破れた事に気付かず、指紋を残してしまう時があるかも知れないからだ。
一瞬、珠世の死体を運びだし、ミミ達が乗って来た車で持ち帰ろうかとも考えたが、危険が伴う可能性がないとはいえず、仕方なく諦める事にした。
圭介はミミの首を絞め殺害した後で倉庫からを抜けだした。早足で歩いた。衣服を裏返しに着たとはいえ、返り血が衣服に付着しているのは変わりない。出来る限り、大通りを避け、かと言って路地裏ばかり歩くのも控えた。自分が最近起こした事件の為に、警察の夜間のパトロールが通常より多くなっているのは、間違いないからだ。
コンビニに立ち寄り衣服を買いたかったが、防犯カメラに映るわけにも行かず、かと言ってタクシーに乗るのもはばかられた。圭介はこの異様な緊張感は16歳の時、初めて人を殺した時以来だと思い、思わず笑わずにはいられなかった。
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