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第三章 ③①
新宿で映画を2本観てから、仲野部圭介は約束の場所である西新宿の居酒屋へと向かった。
店の前まで来ると既に全員が揃っていて、圭介は彼等に向かって手を上げた。飛田が圭介に近寄ってハイタッチを要求する。
圭介はほくそ笑みながら、 それを無視すると、横から斉藤こだまが圭介の代わりに飛田とハイタッチした。
「お前じゃねーよ」
飛田の言葉に圭介以外の人間は笑みを浮かべた。
小野夢子は両腕を上げながら圭介に近寄って来る。その後ろから長谷が両腕を下げて手の平をこちらへ向け、ニヤけ顔で小野夢子に続いていた。
こんな笑顔の長谷を見るのは久しぶりかも?と圭介は思い、小野夢子と両手ハイタッチをした後、長谷とも低い位置での両手タッチをした。
「何だよ圭介!女だけにするのかよ」
「男とタッチしても楽しくないだろ?」
「うっせーよ」
飛田はいい圭介に抱きついた。その勢いのまま、全員は地下にある居酒屋へと降りて行った。
予約席の座敷席に案内されると壁を背にした席に、長谷、圭介、飛田、向かいの席に小野と斉藤が座った。
斉藤こだまは昔、ここでバイトしていた事もあり、顔見知りが未だ残っているのか、1人席を立ち、座敷席から出て行った。
まだ開店して間もないせいか客もまばらで、圭介達のような団体客はいなかった。奥から斉藤こだまの笑い声が聞こえると、圭介は斉藤こだまのここでのバイトはどうやらかなり楽しかったものなのだなと思った。
それまで昔話に話が弾んでいたのか、斉藤の会話が途切れたかと思うと、直ぐに座敷席に戻って来た。
「注文したのか?」
飛田が一刻も早くビールを体内に入れたそうな表情でそう言った。
「あ、いっけない、忘れてた」
「マジかよ!注文しに行ったのじゃなくて、だべりに行ってたのか!」
「ごめんごめん、つい話に夢中になってさぁ。今すぐ頼んでくるから。あ、私のお任せでいいよね?」
長谷も小野も飛田も同意した。
「圭介は?何か食べたいものある?」
「いいよ。斉藤に任せる」
「わかった」
斉藤はそういうと跳ねるように座敷席から出て行った。
「最近どうなのよ?」
飛田が小野夢子に向かって言った。
「どうって…ぼちぼちやってるよ」
「儲かってんの?」
「業績は横ばいかなぁ。けど、先月に2人退職したから、今月はやる事増えて忙しいよ」
「ふーん、そうなんだ?」
「そういう飛田は?」
「俺?全然ダメよ。だいたい飛び込みでコピー機なんて売れるわけないじゃん?そもそも既に使ってる機種もあるし、それらを全てうちの会社と取り替えるなんて、今の時代、そんな間抜けな企業はねーよ」
「でも営業成績で給料変わるのよね?」
長谷が半身を乗り出し顔だけ飛田へ向けそう言った。
「あぁ、そうなんだけどさ」
「なら大変だね」
「で、飛田、お前の営業成績はどんな感じなんだ?」
圭介もその話に割って入った。
「俺?俺は数ヶ月もダントツで最下位だよ。だからさ。もう辞めようかと思ってさ」
「それだけの期間、最下位が続いたら上司からのパワハラとかモラハラがあるんじゃない?」
「まぁね。いい加減それにも嫌気がさしてさ。毎晩、家に帰ったら上司ぶん殴って辞めてやるか、って思ったりしてるよ」
斉藤が戻って来て直ぐに人数分の生ビールとカルピスサワーとメロンサワーが運ばれて来た。お通しを摘みながら飛田の仕切りで乾杯をする。
飛田は一気に大ジョッキの生ビールを飲み干した。そして2杯目に手をつけた時、長谷が、圭介に話しかけて来た。
「仲野部君、最近本読んでたりする?」
前回の飲み会の時、斉藤こだまから長谷がアルバイトをしながら小説家を目指しているという話を聞いていた。
正直、長谷との共通の話題と言えば小説ぐらいだった。いや、それしか無かった。浦尾三代子の「川へ沈む」を手に取るきっかけを作ってくれたのも、この長谷だった。正直、川へ沈むを読んでからは、それほど小説には触れて来なかった。
むしろ映画の方に傾倒して行ったといえる。ホラーやサスペンス、スリラーなどの映画は殺害方法やシチュエーションなど勉強にもなるし、それ以上に楽しみを感じられ、特に好きだった。
「最近はそんなに読んでないかな。新作よりも浦尾三代子の川へ沈むを読み返す方が多いよ」
圭介がそういうと長谷はクスリと笑った。カルピスサワーに口をつけ、一口、二口飲むとジョッキをテーブルに置いた。
「何かお勧めある?」
「どんなジャンル?」
「スリラーやサスペンス物が良いかな」
「仲野部君はそっち系が好きなんだ?」
「そうだね。映画もそっち系が好みだね」
「そうなんだ」
「あぁ。ああいうのって大体が自分達の生活から掛け離れてるじゃない?」
「うん」
「だから非日常的なストーリーだから、リアリティがない分、のめり込めるんだよね」
「確かにそれはあるかな。けど小説の中で語られる内容と似たような事件が世界の何処かで起きてたりはしてるから、それなりにリアリティはあるし」
「私がサスペンスやスリラー系の小説を読む時は、何処かで起きてたりした事件かも知れないと、そのように捉えて読むから、直ぐに感情的になったりしちゃう」
確かに事件は起きている。ここ最近、自分が手を下した8人の殺害も、長谷からすれば小説以上にリアリティを感じているのだろう。物語を書くにあたり、長谷がどんなテーマで書いているのか知らないが、意外と長谷の小説のモチーフになっていたりしているかも知れない。
そう考えると僅かばかり嬉しかった。
「へぇ、そうなんだな」
「グロ描写とかはむしろリアリティを感じられなくて全然平気なんだけどね」
なら俺が殺害した奴らをみたら長谷はリアリティを感じられるだろうか?見せてやりたい欲求の炎が圭介の腹の底でポッと点火した。
「所で、長谷はどんな小説を書いてるわけ?」
「油断した!」
長谷はいきなりそういい、カルピスサワーをがぶ飲みした。
「どうしたよ?」
圭介が顔を覗き見ると長谷は少し赤らめた顔で
「まさか私のお勧めを聞くより先に、私が書いてる物を尋ねてくるとは…これはさ、仲野部君」
「何?」
「今会ったばかりの初対面の異性に初めましての挨拶より先にエッチしようよ?って聞くのと同じ事だからね?」
「その例え、良くわからないなぁ」
「飛び越え過ぎよって事よ」
「そうなのか?」
「私のお勧めの小説を聞いて、へーそんな内容なんだ?面白そうだねー、他にはどんなのがある?って言う会話がしばらく続いて、仲野部君が、なら長谷もそんな感じの小説を書いてるの?って尋ねるのが順序としては正解なのね」
「あぁ、何となく長谷の言いたい事はわかるよ。けど、エッチとは全然違うだろ?」
「例えよ、例え。それくらい私は仲野部に書いてる小説の事を尋ねられるとは思っていなかったって事」
「ふーん、そうだったんだ。何か悪かったな」
「いやいや、全然悪くないし」
長谷はいい圭介の肩をポンポンと叩いた。
過度のストレスが溜まっているのか飛田の飲むピッチが異常に早かった。斉藤と小野にたしなめられるが、構わずに飲みまくる。
飲んだアルコールの分量分の愚痴や文句が次から次へと口をついて出てくる。2人の顔に嫌気が浮かんでいるのを見て、圭介が間に入り、飛田の愚痴の聞き役に回った。
2人はホッとしたのか、女同士で楽しく飲み始めた。三時間ばかし呑んで食べると圭介は飛田に肩を貸して店を出た。
カラオケに行くぞ!と吠える飛田を無理矢理にタクシーに押し込むと、タクシーの運転手に飛田の住所を告げ、財布から10000円を取り出し、前払いではないが、運転手に手渡した。
「その近辺について降りなかったら、引きずり出して、ぽっぽいても構いませんので」
そう告げると圭介はタクシーから身を離した。ドアが閉まるとタクシーはあっという間に夜の新宿へと消えて行った。
「今日の飛田、めんどくさかったなぁ」
圭介がそう呟くと小野夢子がボソッと言った。
「実はさ、先週、飛田からLINEが来てね。ずっと茂木君に会いたいって言ってたんだよね」
「そんな事言ってたんだ?」
「あの2人仲良かったしね」
「そうだな」
「でね。俺も死ねば茂木に逢えるかなぁとか言い出したから、私めちゃ焦ってさ、電話しちゃったもん」
「情緒不安定気味なのかな」
長谷が言う。
「多分、そう」
小野夢子が言った。
「そんな状態なら直ぐに仕事辞めた方が良くない?」
斉藤こだまが言った。
「そうだな。あの愚痴の多さからして、辞めた方が精神的にも良いはずだよ」
あてもなく新宿の街をふらふらと歩きながらそのような話をし続けた。そして駅につくと別れ際に斉藤こだまが新たな爆弾を投下した。
「前の飲み会の時、38歳の彼氏がいるって話したでしょ?」
改札手前でたむろしながら全員は斉藤こだまの話に耳を傾けた。
「あぁ。聞いたよ」
「先週別れました!」
「そ、そうなんだ?」
長谷が触れてはいけないものに触れてしまった時のように、少しおどおどしながらそう返した。
「別れた理由はね」
「無理に言わなくていいぞ」
圭介が言った。
「ありがとう。でも言いたいのね」
その言葉に全員が口を閉じた。
「私、妊娠したのよ。で、産みたいって話したら、そいつ、平然とした顔でおろせって言ったんだ。だから頭に来てその場で別れたんだ」
「ちょ、ちょっとこだま、子供どうすんの?」
小野夢子が驚いた表情のままで尋ねる。
「産むよ。で、1人で育てるの」
「いやちょっと待って、こだま、簡単にいうけど、それって簡単な事じゃないよ?」
「わかってるよ。けど私、産みたいのよ」
斉藤こだまはそういうと1人改札を抜けて行く。両手をあげ、後ろ向きに歩きながらこちらに向かって手を振った。
慌てて小野夢子と長谷が素早くPASMOをタッチして改札を抜け追いかけていく。
その2人が圭介に向かって手を振った。
圭介も振り返した。このような女性の問題の会話に男は不必要だ。必要があるとすれば、おろせといった男との話し合いの場に立つか、殺す時だけだ。
だが、圭介は自分が乗る電車の切符を買いながら後々、斉藤こだまを妊娠させた男の身元を洗い出す必要があるかも知れないと思った。
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