第四章 ③⑤

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第四章 ③⑤

ラピッドに五月女マリヤの細かい情報を尋ねたが、やはり教えてはくれなかった。 教えてくれない事に対しては、勿論、不満はなく圭介はあっさりと引き下がった。 知った所で処理される運命には変わりない。それに下手にしつこく詮索するのも、訳ありか?と疑われかねない為、そこは大人な態度で対応した。 それ以上に気になったのは吉田萌の事だった。圭介はそれとなく吉田萌さんは掛け持ちなんですねーと言ってみたら、ラピッドの方はあっさりとそれを認めた。 「仲野部さんと同じですよ」 とその男性社員は言った。 「そうなんですか。最近、掛け持ちの方、増えたりしてるのですかね」 「いえ、こちらが把握している限り、まだ仲野部さんと吉田さんの2人だけです」 圭介はそうですかといった後、礼を言って電話を切った。 最初、メールで尋ねようかとも考えたのだが、こういうのは電話で直接尋ねた方がいい。形に残るものは、必要最低限以外、避けた方が良いと圭介は経験から学んでいたからだ。 電話を切ると圭介は熱いシャワーを浴びた。 リビングに戻り扇風機をつける。クーラーはあまり好きではなかった。 骨の髄まで冷える感覚が嫌いだからだ。冷え切った身体は倦怠感を促す。それは暑い場所に出ても中々治らない。むしろより疲労感に苛まれる。 そうなると自然と集中力もなくなり、気持ちもささくれだし、ちょっとした事で苛立って感情をコントロール出来なくなる。 だから圭介は必要以上に身体を冷やす事を避けていた。それは飲み物に対しても同じだった。 勿論、キンキンに冷えた飲み物を飲む事だってある。だが、それは滅多にない事だった。 圭介は温い麦茶をゆっくりと飲み干した。ソファに腰掛けTVをつけた。思考を止めただ何も考えずに画面を見つめる。 昼間のこの時間帯のTVは何の特にもならない番組ばかりだ。情報とは名ばかりで、嘘と真実さえごちゃ混ぜにされ、それをさも正しいように伝えてくる。 そんなひねくれた気持ちなら、見なければいいと言われそうだが、逆にそんな気持ちだから見るのだ。 自分の中にほぼ何も入る事がない為、心が揺り動かされる事もなくフラットな状態で居られるからだ。 2時間ばかり、ボゥとした後、圭介はTVを切った。 自室に向かい、机に向き合った。 引き出しを開け、今では小さすぎて物足りない感もある、手斧を取り出した。 未だ新品同様の切れ味を保っているそれを、圭介は掲げて眺めた。この手斧を握ると様々な事を思い出す。 自然と握る手に力が入った。椅子に座ったまま腕を振り上げ力一杯振り下ろす。 ブンッと空を切る音がして、圭介は言いようない高揚感を感じた。最近はこの手斧は使って来なかった。 予備の手斧もあったし、それ以上に物足りなさがあったせいでもあるが、筋トレの成果によって力が付き、もっと大きな凶器を使いたくなったからだった。 だが今、こうして小ぶりの手斧を握ると、初志貫徹ではないが、やはり自分にとっての最強の凶器はこの手斧だと思った。 姿なきクソ野郎共に向かい会う。額、側頭部、首、後頭部、頭頂部、脇腹、膝、太腿と手斧を振り落として行く。姿のない血飛沫が舞い飛び、圭介はいつしか微笑んでいた。 使い慣れているせいか、妄想の中のターゲットはいとも容易く圭介の前で息絶えた。 圭介は手斧をしみじみと眺めた後、次のターゲットはこいつを使おうと思った。引き出しに戻すと圭介は夕食の支度をする為に部屋を出て行った。 ある程度、夕食の支度を終えると筋トレを始めた。ジムに通ってなんて事はせず、圭介は自宅内で全てこなしていた。圭介にとって現実的にムキムキな身体は必要ない。 それなりに力はあった方が良いが、特別必要だと感じていなかった。もっとも重要なのは俊敏性だと圭介は理解していた。確かに殺害した死体を車に積み込むといった、力が必要な事はあるが、身体もかなり大きい方だし、自力も強かった。 高校1年の時は自分の身長がここまで高くなるとは思ってもいなかったから、それを考えるとラピッドで漂白者をやっているのは天職な気がした。 1時間ばかり集中して筋トレを終えると久々に湯船にお湯を溜めてお風呂に入った。使った筋肉をほぐした。 湯船に浸かると筋肉痛などが緩和されるのかどうか知らないが、気分的に楽になった気分は味わえた。頭を乾かし裸のまま、途中だった夕食の支度を始める。 温かいお茶を入れ、リビングへ運ぶ。TVを見ながら裸のまま夕食を取った。 食器を片付けた後、バナナを半分食べた。何となく残りの半分も食べたくなった時、五月女マリヤの事を思い出した。 一応、まだ生きているのなら、お腹が空いているかも知れないと思ったのだ。あの状態で何か口にする事が出来るとは思わなかったが、どうせ数日後にはバラバラになるのだ。ならばせめて最後の晩餐じゃないが、バナナくらい食べさせてあげてもいい。そう圭介は考え、Tシャツに短パンを履き、小屋に向かった。 五月女マリヤはここに連れて来た時と同じように、床に倒れたままだった。 圭介は裸の五月女マリヤの側に胡座をかいて座った。 口にあてられてある呼吸器を外し、口元に耳を近づける。微かではあるが、自力で呼吸しているようだった。 圭介は持って来たバナナを小さく千切りその厚みのある唇にあててみた。食べる素振りどころか唇さえ動かない。圭介はバナナを自ら口に入れた後、五月女マリヤの口を開いた。 歯並びのよい綺麗な歯の間に指を入れ、舌を摘む。辛うじて生暖かい舌を引っ張り出してその舌を吸った。 舌を絡ませるがやはり反応はなかった。圭介は五月女マリヤの腹の上に出した精液をつまみ、五月女マリヤの舌の上に擦り付けた。そして舌を摘んでいた指を離す。出された舌がナメクジが這うようにゆっくりと口の中へと戻って行く。その後で五月女マリヤの唇が閉じられると、五月女マリヤは飲み込む仕草を見せた。 その仕草を見て圭介は思わずニヤけた。まるで踏み潰してしまった蟻が微かな生に必死にしがみつくような姿に似てて思わずニヤけてしまったのだ。 僅かだが、その動きが圭介にこの女の子を殺す事を躊躇わさせた。この状態のままなら、ずっと小屋の中で飼ってもいい。 ただ食事が取れないのであれば、自然と死ぬだろうし、酸素ボンベの酸素が無くなればどの道自力で呼吸しないかぎりは生きる術はない。 なので今すぐ殺す必要はないと圭介は思った。水槽を眺め、濁った水の中でじっとしているワニを見つめた。 ほとんど姿は見えないが間違いなく腹を空かせているだろう。三重から帰るのが少し遅くなってしまった為、魚を釣りに行く事が出来なかった。 そろそろ肉を食わせてやらないとこいつらも不憫だ。 だからといって五月女マリヤを自ら殺す事は考えていなかった。 この先、奇跡的に生きながらえたとしたら、それがラピッドにバレたらどんな処罰が待っているのだろう? 数人の漂白者が集い、殺しにでも来るだろうか?それは考えられない事もなかったが、たった1人の、自ら動く事すら出来ない女の子の為に、関東の漂白者を亡き者にするほど、頭が悪いとも思えない。例え自分が殺されたとしても、困るのはきっとラピッドの方だ。 漂白者や処理人の実際の数がどれだけいるか把握はしてないが、現実問題、決して多くはない筈だ。 だから圭介は虚偽の報告をあげても何も問題ないと思った。あるとしたら吉田萌の存在だ。五月女マリヤを生きたまま圭介に引き渡した事や、筋弛緩剤が効果なかった事をラピッドに報告していたとすれば、ラピッドの方から確認の写真などを求められるかもしれない。 前半部分はあり得そうだが、後半の筋弛緩剤が五月女マリヤに効かなかった事は、恐らく言わないと圭介は考えた。何故なら漂白者としての吉田萌の腕を疑われかねないからだ。どちらにせよ、そのような事が起きたら上手く対処するしかない。圭介は家に戻ると早速、ラピッドに五月女マリヤの処理終了の虚偽の報告を上げた。
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