15人が本棚に入れています
本棚に追加
第四章 ③⑥
神の悪戯か、それとも小川の願いが届いたのか、泡沢は倉庫で発見されてから約1ヶ月の間、昏睡状態にあったが、先日、その状態から奇跡的に復活した。
病院のベッドで目が覚めた泡沢は目に映る天井の明かりに随分と戸惑った。
しばらくの間、泡沢は自分が生きているとは思わなかった。瞬い蛍光灯の明かりは、自分が生きている時に対しての陪審がなされている所なのだと、勘違いした程だった。
巡回に来た看護師が瞼を開きじっと天井を眺める泡沢をみて、腰を抜かしそうになるほど驚いた。
自身が看護師にも関わらず、急いでナースコールのボタンを押した。直ぐに別の1人の看護師が現れ泡沢の現状を知ると慌てて病室から出て行った。
その間、最初に来た看護師は泡沢の手を握り良かったですね良かったですねと目に涙を浮かべながら呟き続けていた。
しばらくすると多くの医師が病室内に列挙し、泡沢の周りを取り囲んだ。
皆が皆驚きの表情を隠しきれていないようだった。何故なら誰もが泡沢が再び息を吹き返すとは信じていなかったからだ。
こじんまりとした病室内が慌ただしくなる中、それでもまだ泡沢は自身の生を信じていなかった。
だが次第に身体の感覚を取り戻したのか、自分の手が誰かに握られている事に気がついた。そちらに目をやると、こちらをみている看護師と目が合った。
その看護師は未だ泡沢に向かって声をかけ続けていた。何度も名前を呼ばれたあげく、その目が涙で潤んでいるのに気づいた時、泡沢はようやく、ひょっとしたら自分は生きているのか?と思った。
そのように泡沢が自分の事を理解し、意識し始めると、直ぐに見えている周りの世界が大きく広がっていく感覚に襲われた。
それはまるで5倍速で観ている映画のワンシーンのようでもあった。慌ただしく動き始めた泡沢の現状に、泡沢自身も戸惑いを隠しきれなかった。
周りの医師たちになされるがまま様々な検査をされた。勿論、声を出すように指示もされた。
何故なら喉を刺されたせいで声帯がやられている可能性もあったからだそうだ。
それともう一つ、精神的に発声をする事を恐れている可能性を確かめる為でもあった。
幸い、泡沢自身が鈍感な性格のか、声を出すことに躊躇する事はなかった。泡沢がチッチに刺されたら箇所は、運良く咽頭隆起の箇所や頸動脈から外れていた為、声帯を失う事はなかったようだ。
それを改めて確認出来た医師達はホッと胸を撫で下ろした。
随分と長い眠りの中にいたせいで、泡沢の身体からは筋力も落ち、言葉を喋るのも多少の辿々しい所も感じられた。だがそれも3週間のリハビリのおかげで少しずつ体力も回復して行った。
その間、小川さんは毎日ように面会に来てくれ、泡沢自身の身に起きた事、誰かが泡沢の首に止血した事、そしてミミとチッチが何者かの手によって殺された事を話してくれた。
「で、お前さんはそのホシを見てないんだな?」
「ええ。情け無い話ですが、私はチッチ、いえ、元相棒の古玉珠世の手によって鋭利なナイフで首を刺された所までしか憶えていません」
「まぁ、それは仕方ないが、古玉珠世に刺される程、お前さんは元相棒に何らかの恨みを買ってたわけか」
「いえ、それは無いと思います」
「じゃあ、どうして現職の刑事が、拉致された挙句、殺されそうにならなきゃいけないんだ?」
「それはきっとミミに関係ある筈です」
「ミミ?」
「はい。確か楠木美佐江と言いましたか」
「あぁ。だからミッちゃんとかミミって呼ばれてたんだよ」
「前に小川さんにもお話しした事があったと思いますが、私はそのミミ事、楠木美佐江が何らかの犯罪と関わりがあると思い、個人的に調べていました」
「確かに言ってたな。チンポがおっ勃つから怪しいんじゃないかって」
「はい。それで接触を図ろうと小川さんと一緒にスナック天使に行った時、ママが来なかった時があって、小川さんがマンションに出向きママの刺殺体を発見しましたよね。その時も異常に私のチンポは勃起しました。なので、ママを殺したのはミミではないかと思ったのです。で、あの日店に行くとチッチ、あ、いえ、古玉珠世がそこにいたのです」
「お前が呼んだわけじゃねーのか」
「はい。幾ら不調だといえ、こちらに呼んだりはしません。会うなら都内にしますよ」
「で、そこで拉致られたわけか?」
「私を拉致したのが楠木美佐江と古玉珠世の2人なのかはわかりません。もしかするとその2人を殺したホシが私達3人を拉致したとも考えられます。ですが、そうだとしたら、何故私以外の2人は拘束されていなかったのか?という疑問が残ります。なので私の考えでは2人が私を拉致し、殺害しようと試みた。だが、そこへ第三者が現れ、2人を殺害し、私を助けようとしたのかもしれない、恐らくそうではないかと考えています」
「なるほどな」と小川刑事は言った。
「第三者は誰の味方でも無かった。あ、いや、お前の味方だったって事か」
「味方なら、即救急車を呼んでくれたのではないでしょうか?ただ止血をしてくれたのは、今こうして生きていますから感謝はしています。が、敵、味方でいえばどちらでも無いというのが正解なような気がします」
「まぁ、そうかもな」
小川刑事はそういうと、連続殺人事件も新たな進展はないし、ママを殺害した事件も行き詰まっているから、早く戻って来て、そのチンコを活躍させてくれと言った。
「連続殺人事件に繋がりがあるかはわかりませんが、楠木美佐江と古玉珠世の2人を徹底的に調べ直した方が良いと思います」
「けどなぁ。死体は既に焼却済みだしな」
「採取した指紋などはまだ、残っていますよね?」
泡沢がそう言うと、小川の表情が変わった。
まるで曇天の空から光が差したかのように、何かを感じ取ったようだった。
「そういえば、ミミちゃんには指紋がなかったな」
「どう言う事ですか?」
「指先全てにマニキュアが塗られていてな。おまけにそれを剥がして指紋採取しようとしたが、どうやら全ての指の腹は焼かれていたそうだ」
「なら間違いなく、事件に関わりがありますね」
泡沢はベッドから半身を起こした。
「楠木美佐江と古玉珠世の戸籍や過去を洗えば、事件に関わる何かが出て来そうな気がしますね」
「そうだな。ちょっくらお前さんの元職場の杉並署に連絡いれてみるわ」
小川刑事はそう言うと、ったくよーと1人愚痴りながら病室から出て行った。
最初のコメントを投稿しよう!