第二章 ④

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第二章 ④

仲野部圭介は日課にしている筋トレが終わると小屋の掃除へ向かった。お婆ちゃんは圭介が大学3年の冬に昼寝をしたまま目覚める事はなかった。 まさに眠るように死んだのだ。父親は既にラピッドを早期定年退職し今では家で母親と一緒にのんびりとした生活を送っている。 2人は若い頃には中々出来なかった旅行を唯一の楽しみとし、最低、月に2回は国内旅行へ出かけていた。 その運賃は全て圭介の給料から賄っていた。圭介自身がそれを望んだからだ。 処理人と漂白者の2つを掛け持ちしているせいで、ラピッドから入って来る給料もかなり高額だったのだ。 それに圭介は父親に心から感謝していた。 この仕事を自分に教えてくれた事に対し、返しても返しきれない恩義があると圭介は思っていた。何故なら仲野部圭介は殺人が、人を殺し、人体を破壊する事が何よりも好きだったからだ。これだけは何ものにも代え難い嗜好の喜びだった。 勿論、父親は圭介が学生時代は長期の休み以外、処理人の仕事を手伝わせる事はしなかった。学生の本分は勉強だからだ。それに対して圭介は少なからずストレスを感じていた。 高校時代だけで既に5人を殺害して来た圭介は、何もさせて貰えない事に苛立ちを覚えた。それは当然の成り行きだった。そのストレスを筋トレにぶつけ続け、今では全身が鋼のような肉体に仕上がっていた。 身長も伸び今では180を少し超えている。 家系的に高身長の人間が生まれるのは今までまなかったらしく唯一、身内内で背が高いと言われていた父親でさえ170くらいだ。圭介はきっと父親の遺伝子を強く受け継いだのだろう。 圭介は今では倍の大きさになった水槽から水を抜き、水槽の縁に跨り、水道ホースを使って水槽内と2匹の鰐の身体を洗った。その後は解体する為のタイル張りの床に塩素系の薬品を巻いてブラシで擦り洗い流した。その後で工具の手入れをした。 2匹目の鰐が家に来たのは圭介が大学入試の時だった。愛知県にある主に爬虫類を専門としたペットショップの処理人の女性からを鰐を譲り受けたのだ。 この鰐は気弱なのか、仲間の鰐から虐めに遭い、身体中が傷だらけで、前足が2本とも欠損していた。そんな鰐を家の鰐と一緒にして大丈夫?かと思ったが、父性が出たのかとても仲良く決して虐めるような事はしなかった。 餌である魚や人体も、前足が欠損した鰐に優先して食べさせるほどだった。 圭介は全ての手入れを終えると新たに購入した大きめのハチェット、つまり斧を振り上げた。 中国武術のように両手に大小の斧を持ち、舞を舞うように斧を振り回した。 実際に中国武術やテコンドーを習っていれば、この舞も綺麗な動きに見えるのだろうが、圭介は一貫して、格闘技系を習う事はしなかった。 高校生の頃は不意打ちをし、相手を殺害したが、大人になった今、独自で調べたヤクザとその配下にあたる振り込め詐欺のリーダーとは正面からやり合った。 とは言え名乗ったり、命を貰うなどといった決め台詞的な物は一切吐かなかった。ただ近づき一撃を食らわすといった手順で2人を殺害した。死体を残した事に意味はない。あるとすれば死体を持ち運ぶのが面倒だっただけだ。 それと圭介は目撃者も欲しかった。所謂、ダークヒーロー的な噂を流して欲しかったのだ。 それは1人のホームレスによって成すことが出来た筈だと仲野部圭介は思っていた。 鰐の頭の皮を被り、悪人達を退治するスーパーヒーロー。世間にアリゲーターマンを祭り上げて欲しかったのだ。 そうすれば悪人退治がいつしか正当な評価を受け、警察も中々手出しをし難くなるのではないか。そんな馬鹿みたいな夢物だけで圭介は目撃者を欲しったのだ。 勿論、そんな考えが通じる程、今の日本の警察は甘くない。許す筈がない。この国はれっきとした法治国家であり、罪を犯した者は罰せられるらのだ。 おまけにそれが殺人となればどうやっても許されるわけはない。例え相手が悪人だとしてもだ。だからラピッドという組織が存在しているのだろう。 だが世間には自分で手を下す事が出来ず苦しんでいる人間のなんと多い事か。それは罰せられるという恐れと、その人間が持つ道徳心から、殺意を抑え込み、いつかはきっと……という霞のような希望的観測から手を汚す事はしない。 それはこの仕事をやっているからこそわかる事だった。だがそれだけでは足りない程、悪人は存在している。 この人間は死んでもらいたいと思っている人の為にも、圭介は希望となるアリゲーターマンというアイコンがあった方がいいのだと心から思っていた。 仲野部圭介は小屋から出て部屋に戻った。着替えをして自転車で出かける。 高校生の頃、赤津奈々と一緒に映画館で映画を観てから、圭介の趣味は映画鑑賞となった。出来る限り映画館で見るようにしているが、地元で観るより圧倒的に都内へ出かけ鑑賞する事の方が多かった。 今日は新宿三丁目にあるシネマート新宿へ、20数年前に公開されたリバイバル映画を観るつもりだった。 電車でなく車でも良かったのだが、都内に駐車するのは中々面倒なので、圭介はいつも電車で行くようにしていた。 何の因果か大学も同じだった飛田との腐れ縁は卒業した今も続いていた。飛田はコピー機販売の営業職が忙しいのか頻繁に会う事はないが、それでも3か月に一度、都内で会ったりはしていた。斉藤こだまと小野夢子の2人は都内でOLをしていて、そこへたまに飛び入りで参加したりしていた。 高校時代から小説が大好きだった長谷は大学を卒業した後、就職はせず、作家を目指してアルバイトで生計を立てていた。 高校時代は長谷とはそれほど話をした記憶はなかったが、一度、飛田と会っている時に斉藤こだまが連れて来てからはそれなりに仲良くしていた。 圭介は大人になってまで高校時代のクラスメイトと付き合うとは考えてもいなかったが、たまに会ったりして昔話に華を咲かせるのはそれほど嫌ではなかった。 別に他人の現状に興味があったわけではないが、上司の悪口や彼氏や彼女の愚痴などを聞くのも圭介は嫌ではなかった。むしろ好きだった。何故ならそれは悪人の一つの情報となるからだ。だから皆んなで会うと決まれば圭介は必ず参加した。 そして今日の夜は斉藤こだまの呼びかけで皆で会う事になっている。その前に圭介は映画を観ようと決め、自転車に乗り駅へと向かっていたのだった。
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