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第四章 ④③
夜になって小屋に行き、五月女マリヤを自宅へと移動させた。
リビングの中央のソファとTVの間の床にブルーシートを引き、その上に毛布を敷いた。
室内の明かりのせいか、心なしか顔色も良くなっているようだ。座椅子を持って来てそこに座らせマリヤと一緒に持って来た歯ブラシを使い歯を磨いてやる。
バケツを用意し、ミネラルウォーターを口にあてがった。
「飲んじゃダメだからな?」
微かに頷いたように見えた。
「ゆすいでここに吐き出せばいい」
五月女マリヤはゆっくりとだが、自ら口を濯ぎ、圭介が持っているバケツに向かって含んだ水を吐き出した。
1回目より2回目、2回目より3回目といった具合いに、段々と吐くのが上手くなっていった。この調子なら自力でペットボトルを持てる日も近いかも知れない。
「そうそう。偉い偉い」
圭介はマリヤの頭を撫でながら、その姿はまるで初めて飼った猫の赤ちゃんと対峙するかのようだった。
マリヤを労った後、圭介は衣服を脱がしマリヤを裸にした。そのまま抱きかかえ風呂場へと向かう。湯船にもたせかけ、ぬるめに調整したお湯でシャワーを出した。頭を洗い、そして身体も隅々まで洗った。
その後、湯船に半分ほどお湯を溜め、膝を折り曲げた体勢でマリヤを浸からせる。まだ自力で動けないので、ずり落ちないよう圭介はマリヤの側で、肩を掴んでいた。
「久しぶりのお風呂はどう?気持ちいいか?」
五月女マリヤはゆっくりと頷いた。
「ならもっと早くに入れてやれば良かったな」
マリヤは無反応のまま、湯船から出ている自分の膝頭を眺めている。
「正直、3日もしない内に死ぬと思っていた。悪いとは思ったが、俺もこれが仕事だから助けるつもりは毛頭なかった。ただ、君みたいな美人がどうして命を狙われたのか、その理由を知りたくてな。運良く助かれば是非聞かせてほしいと思ってミネラルウォーターや栄養補給食を与えてみたんだ」
五月女マリヤは未だに膝頭を眺めている。その顔を覗き込むと、まるで何かに取り憑かれたかのように、集中しているように見えた。
その姿に圭介は、ひょっとしたら?と思い、五月女マリヤの膝から下に視線を移した。
数秒後、マリヤの足の親指がグッと持ち上がった。その後は5本の足指がぎゅっと絞られた。片足が終わるともう片方はさっきよりもあっさりと動かす事が出来た。
「凄いじゃないか」
圭介の口から出た言葉に嘘はなかった。
それ以上に、圭介は感動に身を包まれていた。鳥肌が立ち、圭介は五月女マリヤを抱き寄せ頬にキスをしていた。
両足の指先を数度動かした後、マリヤは圭介の腕の中で、ぐったりとした。よほど、気力と体力を振り絞ったに違いない。
圭介はマリヤを抱き上げるとバスタオルを持って風呂から出て行った。マリヤの身体が冷えないようクーラーの設定温度を高めにして、マリヤ専用のベッドの上で、全身を拭き髪を乾かした。横にするとマリヤはあっという間に眠りについた。
圭介はマリヤの寝顔をしばらく眺めた後、日課である筋トレを始めた。その後でシャワーを浴びて軽めの夕食を取った。TVをつけしばらく眺めた。
最終回なのだろうか、なかなかの緊迫するシーンが流れる何かしらのドラマがやっていて、圭介はそれが終わるまでソファに腰掛けくつろいでいた。時計を見ると23時前だった。
圭介はリビングの明かりを落とすとクーラーのタイマーをセットした。その後でマリヤの横に寝転んだ。
TVの明かりだけになったリビングで、圭介はマリヤの髪を撫でながら、音を消したTVを見つめている。
ニュースが流れているが、恒例行事のように煽り運転の映像が映し出されている。煽り運転が注目され始めたのは数年前だった。確かコロナが流行り始めた頃と重なっていた記憶が圭介にはあった。それが今もこうして取り上げられるという事は今も昔も、そして未来も、煽り運転は犯罪と同じで、なくなる事はないのだろう。
圭介はマリヤの頭を持ち上げそこに腕を差し込んだ。そしてマリヤの身体を横向きにし抱き寄せた。こんなにも1人の女性を愛おしく感じるのは、高校1年の時に付き合った赤津奈々以来だ。
いや、赤津は四国へ転向してしまったが、その後の消息は不明だ。ひょっとしたら、自分の子供を妊娠していて子供を産んでいるのかも知れない。当時の赤津はそれでもいいからと圭介に対して避妊を拒んだのだ。
だが、生きていれば今は赤津も大人の女性になっている。もし未婚の母になっているとするならば、自分は斉藤こだまの元彼の事を悪くは言えないな、圭介は苦笑いを浮かべながらTVを消した。そして壊れる程にマリヤを抱きしめた。
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