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第四章 ④④
吉高正文が元妻に刺殺されたと知ったのは圭介が実行日を翌日に控えた夕方のニュースでだった。
圭介は思わず身を乗り出しTVに釘付けになった。被疑者の川俣恵子は吉高正文の2番目の妻で子供を2人設けていた。
刺殺した動機は未だ明らかになっていないが、川俣恵子の知人の話では前夫である吉高正文とは金銭のトラブルが絶えなかったとの証言があり、恐らくはそれが殺害に至った動機だと思われているようだった。
被害者の吉高正文の同僚の話では最近、頻繁に川俣恵子が会社へ現れては吉高正文を呼び出し、吉高正文が仕事を理由に断ると、社内で大声をあげ吉高の事をなじり、誹謗中傷の自作のビラを社内でばら撒いたりしていたようだ。
そんな元妻の言動に吉高自身も、かなり参っていて社内での立場的にも部下や上司から迷惑がられていた事に胸を痛めていたようだった。
吉高正文が刺殺された前日に、吉高は直属の部下に、
「明日、決着をつけてくる。今まで迷惑をかけて済まなかった」
という言葉を残し、社を後にしたそうだ。
川俣恵子はテラス席のあるレストランで白昼堂々と吉高正文は滅多刺しにした。
休日の昼間とあってレストランは満席で、順番待ちをしている客も大勢いた。
強行に及んだ時、川俣恵子は怒声をあげ、落ち着くように説得する吉高の腕を払い退けバックに隠し持っていた刃渡り15センチ程の包丁を取り出し、吉高正文の腹部を何度も何度も繰り返し刺し続けた。
辺りは血の海とかし店内に悲鳴が轟いた。休日のランチを楽しんでいた大勢の客は顔色を変え、一斉に逃げ出した。
中にはスマホで動画撮影する馬鹿な人間もいて、その動画は直ぐにSNSにアップされたようだった。目撃者の話によると警察が駆けつけた時、川俣恵子は全身に返り血を浴びた状態のまま食事を続けていたようだ。
歯向かうわけでもなく、自殺を仄めかすわけでもなく至って冷静に警察と話をし、そして連行されたようだった。
こんな事も起こるんだな。これが圭介がニュースを見た時に感じた気持ちだった。
正直、圭介は誰の目にも留まる事なく吉高正文を殺害する自信がなかった。だからある意味賭けでもあった。
下手をすれば実行出来ない可能性もあり、不確定要素の高いこの殺人に対して、不安がないと言えば嘘だった。
圭介はTVを消してマリヤに声をかけた。
まだ弱々しくはあったがこの1ヶ月でマリヤは自力で起き上がれるようになり、言葉も喋られるようにまで回復していた。
「今夜は出かけなくて良くなったよ」
「さっきのニュースの人がターゲットだったわけ?」
「あぁ」
マリヤを自宅で介護するようになってから圭介は自然と自分の経歴をマリヤに話して聞かせていた。殺人を生業としている事にマリヤは何も言わなかった。
それは恐らく自分が吉田萌に殺害されそうになった経験から、このような世界が存在する事を自ら受け入れたからだろうと、圭介は考えていた。
圭介はマリヤが既にこの世から抹殺されている事にされた存在だという事も伝えており、その時に今後一切、親族や友人とは連絡は取れないし、取る事は許さないと告げた。
「もし、それをした事がわかったら、俺は迷う事なくマリヤを殺すから」
この言葉が脅しではない事くらい、すぐにマリヤは感じ取った。
「うん。わかってる」
この1ヶ月の間、五月女マリヤと圭介は他愛のない会話や幾度となく身体の関係を持った。
圭介は生きた人間を抱くのは赤津奈々以来だった事もあり、時には一日中マリヤを求める事もあった。
マリヤを抱きながらいつも圭介は死体とは違う良さが生きた人間にはあると感じていた。
そんなのは当たり前の事だが、それは生きた人間との交わりが極端に少ない圭介ならではの捉え方だった。
死体から求められる事は決してない為に、生きた人間から求められると、圭介はいつも以上に興奮した。
「なら今夜は一緒に映画でも観ようよ」
マリヤの言葉に圭介は頷いた。夕食の支度を終えるとマリヤと一緒に風呂に入った。何を話すわけでもないが、2人はゆっくりと湯船に浸かり、ただ流れゆく時に身を委ねていた。
マリヤと圭介の映画の趣味は似ていて、お互いサスペンスやホラーなどを好んでいた。
だから選択に迷う事なく、観る洋画はホラーに決まった。圭介は何度も観たことがあるものだったが、それを選んだマリヤは初めて観るといい、少しばかりはしゃいでいた。
約2時間近くのそのホラーを鑑賞中、マリヤはおぉーとか、なるほどーとかそれは痛いねとか1人ぶつくさ言っていた。そんなマリヤの言動を圭介は愛しむような目で見ながらナッツを摘み、一言も喋らずに映画を観終えた。
「銃で殺すのは簡単だけど、楽しくないよね」
とマリヤは背後から抱きしめている圭介の方を振り返りそう言った。
「そうだな」
「圭くんは銃は使わないの?」
「使わないよ」
「なら何を使ってんの?」
「ナイフと手斧だな」
「へぇ」
「特に手斧が好きだから、最初の一撃は手斧で襲うよ」
「斧で頭とか殴った事はある?」
「そりゃあるさ」
「どうなるの?」
「ドスンって音がする」
「ドスン?」
「そう。例えば重たい物が入って段ボールを掲げてフローリングの床に落とした時のような音に似ているかな」
「血は?」
「手斧が頭蓋骨に突き刺さったままだと血はそこまで出ないかな。手斧を引き抜いた時は豪雨の時、道路のマンホールから水が溢れ出る時があるだろ?」
「うん」
「あんな風に傷口から血が溢れ出るよ」
「へぇ。かなりのグロさだね」
「まぁそうだけど、実際はホラー映画みたいに噴水のように血飛沫は舞わないよ」
続けて2本目を観た。その途中でマリヤは寝てしまった。シャツの上から乳首を触ったり揉んだり摘んだりしたが、マリヤは全く起きなかった。
圭介は1人で映画を観た。そしてマリヤを横向きに寝かせてトイレに立った。歯を磨き再びリビングに戻り部屋の明かりを消した。
吉高正文の調査は無駄になったが、まぁ自分の代わりに前妻が殺してくれた。この結果にきっと飛田も喜ぶ事だろう。圭介は部屋の明かりを消してマリヤを抱きしめるように自分へ引き寄せ瞼を閉じた。
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