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第四章 ④⑤
マリヤが外出する時は決まって布面積が広いゴシック調の服を好んで着ていた。
顔を晒すわけにはいかないので、70年代風の大きめのサングラスに黒のマスクを付け車椅子に乗って圭介と一緒に買い物に行ったり、都内まで映画を観に行ったりした。
もう1人で歩けるのだが、マリヤ自身がそれを望んだのだ。どうやらマリヤには車椅子に乗りたい理由があるらしい。
「私は車椅子に乗った殺人鬼なの。だから一歩外に出る時は絶対に車椅子に乗らなきゃいけないの」
そんなマリヤに圭介は小屋にある工具の中から好きな物を選ばせた。勿論、それを使って殺人が出来るとは思わなかったが、過去にラピッドからマークされていた事もあり、身元がバレた事も考え、護身用に工具を選ばせたのだ。
マリヤは少し大きめのマイナスドライバーが気に入ったようだった。外出時は必ずそれを持ち出かけるようになった。
車椅子のシートの下に座布団を敷きその下に2本のマイナスドライバーを隠していた。マリヤは自宅で車椅子に乗り、マイナスドライバーを取り出し刺すといった動きを実践形式で見せてくれた。
その動きはお世辞にも素早いとは言えずむしろ鈍くて簡単に捕まえられてしまいそうだった。
頬を赤らめながら「どう?」というマリヤに圭介は頭を掻きながら言葉を濁した。
「今に見てなよ?」
そんな風に啖呵を切ったマリヤが圭介の仕事を手伝いたいと言いだしたのは、まだまだ蝉がうるさく鳴きつづけている8月の終わりの事だった。
「死体は見た事あるのか?」
「親戚のおじさんが病気で死んだ時にみたよ」
「それだけ?」
「うん」
「例えばトラックに跳ねられた後に、タイヤで踏み潰されような死体は見た事ない?」
「ない」
「それだと、手伝えないぞ」
「どうして?」
「さっきまで生きていたような人間の身体をバラバラに切り落とすんだぞ?大量の血を見ることになるし、取り出した内臓の臭いをマリヤが耐えられるとは思えないな」
「耐えられるか、耐えられないかはやってみないとわからないでしょ?」
「まぁ、そうだけど、普通無理だよ」
「なら一度やらせて。それで無理だったら、私は甘んじて圭介のお母さんのような立ち位置を選ぶから」
「わかった」
圭介はいい、すっかり元気になったマリヤに向かってそう言った。三重から連れ帰った時より随分とふくよかになったようだ。
3食は食べないが、食べられない時期を取り戻すかのように食欲は旺盛だった。太るのが嫌だと、マリヤも圭介に習って筋トレをし、時には夕食を作ったりもした。
決して料理上手なわけではなかったが圭介は出されたものは美味しいよといい、全て平らげた。
「今はまだ、ラピッドからの依頼が来ていないから直ぐには無理だけど、次に依頼が来たら死体の処理を手伝わせてやる」
マリヤはニヤニヤしながら、やったぁとその場で飛び跳ねた。
実際、マリヤが人体を解体出来るとは圭介には思えなかった。ホラー映画が大好きなのと、生身の人間を実際にバラすのは大違いだ。まぁ、それに気づかせるよいキッカケにもなると思い、圭介は飛び跳ねるマリヤを呆れた顔で眺めていた。
マリヤにそのチャンスが訪れたのはそれから僅か4日後の事だった。
死体は静岡にあり、そこへ圭介が受け取りに行くという、いつもと変わらない工程が端的なメールでやりとりされた。
死体は32歳の女性で中学の国語の教師だった。
何をやってラピッドに目をつけられたのか尋ねると、吉田萌の時と同様、教えてくれなかった。
情報漏洩を危惧しての事だと繰り返し言われ少しばかり苛ついた。徹底管理の為、シェフ、いや漂白者以外には内容は教えられないとの事だった。
その漂白者にも全てを話すわけではないらしい。要するに漂白者も処理人もラピッドが行えと言った事は黙って従えという事のようだ。
なるほど。今現在、組織としての形態がどうなっているのか、興味がないので知らないが、間違いないのは父親が現役の頃とは大きく違っているようだ。恐らく当時の上層部は一掃されたのかも知れない。
まぁそれならそれでも構わない。組織に歯向かうとか業務の改善など、そんな気持ちは最初からなかった。
そもそもラピッド自体、通常の会社ではないのだ。圭介は人を殺し、解体しそれを鰐に食べさせるのが好きなだけで、それ以上に求めるものはラピッドにはなかった。
反対にラピッド以外に圭介の心を満たしてくれる会社もない。今まであった事が、連絡もなしに決められた事に不満はあったが、それで仕事を断わる事はない。それは余りにもナンセンスだった。
死体を受け取りに行く日時を聞き、圭介は了承のメールを返した。勿論、メールに直接、死体などと言った言葉は使わない。あくまでも荷物や、果物という言葉で死体という物を覆い隠していた。
翌日の夕方に家を出るとマリヤに話すと、マリヤは一緒に来たがった。
「駄目だ。基本、処理人は1人で動くのが原則なんだ。それがもし向こうのラピッドの人間に、つまり死体を運んでくる奴に勘付かれでもしたら、後々面倒な事になりかねない。それとラピッドの仕事をするには、前もって話をつけておく必要がある。だけどマリヤはラピッドに命を狙われた人物だ。それが生きているとなると、俺の処理人としての信用も失われてしまう。それだけならまだいいが、殺さなければならないターゲットを生かし、おまけにその事を隠していたとなれば、俺達2人は漂白者に命を狙われる立場にも落ちかねない。それは余りにもリスクが高すぎるし、危険だ。だからマリヤ。連れて行く事は出来ないんだよ」
マリヤは渋々と言った感じで納得してくれた。
「早く帰って来てね」
「わかってる」
「その国語教師が私の初体験も兼ねてるんだから」
マリヤはここへ死体が運び込まれる事には全く怯えていないようだった。寧ろその逆で、遠足前夜の子供のように異常なほどテンションが高かった。
その姿を見てこのマリヤという女はラピッドが命を狙うだけあって、本質的な部分では圭介と似通っているのかも知れないと圭介は思った。
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