第五章 ④⑥

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第五章 ④⑥

その後、ホームレスの老婆の消息は全く掴めなかった。小川さんは他の事件や連続殺人の操作をほっぽり出して、毎日毎日、躍起になって老婆の消息を追った。 だが半月も過ぎると流石に諦めがついたのか、渋々ではあったが、他の業務もやるようになっていた。 老婆を逃した翌日の捜査会議で、小川刑事は老婆の存在を明かした。この老婆こそ連続殺人鬼を捕らえる鍵になると鼻息荒く語った。が、管理官にそれに繋がる証拠はあるのか?と聞かれた小川刑事は、胸を張ってないです!と言い切った。 だがしかし鰐男の唯一の目撃者でもあり、ホームレスの筈が、身なりの良い格好で喫茶店に行っていた事、そして小川刑事と泡沢に尾行されていると勘づき、逃走を図った事、これが何よりの証拠じゃありませんか!と管理官に食ってかかった。 管理官は泡沢が小川に言ったように、施設に入れられているかも知れないと言った後、だが状況から見て、怪しくはある、だから小川、捜査の合間を使い、その老婆の居所を掴めと命令されたのだった。 その場では、小川さんは分かりましたと言ったが、他の事件の捜査の合間を使って探し出せるわけがねーだろ!と捜査会議の後、自分のデスクの椅子を蹴り上げた。 小川さんの気持ちは痛いほどよくわかった。 この半月の間、他の事件の捜査には目もくれず、老婆だけを追っていたのだ。だが結果は散々だったからだ。 一時的にしろ老婆を見つけ出す事を諦めた小川さんが、通常の捜査へと再び戻って来た時、落胆の色を隠しきれていなかった。全くもって覇気のない顔で、泡沢の下へと帰って来たのだ。 捜査は同じ事の繰り返しで、月日が経つにつれ新たなものは愚か、記憶すら薄れて行った。 「これから先、事件が起きなかったら、間違いなく迷宮入りだな」 ストレスが溜まっているのか、小川さんは蕎麦屋でカツ丼の大盛りとビールを注文した。 「最初の事件からかれこれ半年以上経つわけだ」 「そうですね」 「で、俺達はその半年で何を得た?」 「悔しいですが、何一つ得てるものはありませんね」 「鰐男の件もそうだが、ママの事件も解決してねぇ。ついでにお前さんが拉致られた事件もだよ」 「そっちは鰐男事件と違い半年も過ぎていません。それに今、所轄が躍起になって頑張っているのではないですか?だからまだ未解決と決めつけるのはどうかと思いますけど」 「なぁ、泡沢」 「はい」 「俺がずっとホームレスのババァの行方を追ってた時にな」 「ええ」 「ふと思ったんだよ」 「どんな事をです?」 「実は、ママ殺害も拉致られたお前をまかりなりにも助けようと試み、そしてミミとお前の元相棒を殺したのも、実は鰐男じゃないのか?ってね」 「え?幾らなんでもそれは飛躍しすぎではないでしょうか」 「そうかねぇ」 「第一、手口が違いすぎますよ。死体を飾り付けるような犯人ですよ?それがママの事件や、私を拉致したミミやチッチについては、言ってしまえば単純な殺害方法を取ってるわけですよ」 「けど、ママの殺害は飾り付けはしてなかったが、残虐性はたいして変わらねーんじゃねぇか」 「そうかもですが、自尊心を高める行為をしてない以上、やはり犯人は別にいると思いますが」 「んー。俺はそうは思えねぇんだよなぁ」 納得いかない様子で小川さんはコップに入ったビールを一気に飲み干した。 「まぁ、どの道このままじゃ捜査は縮小、事件は未解決のまま。だからまぁ俺の言った事は気にすんな」 気にしてるのは小川さん、貴方じゃないか。 泡沢はそう思いながらカツ丼の大盛りにがっつく小川の横顔を眺めていた。 「お前、食わねぇのか?」 「いえ、食べます」 泡沢は小川に言われてようやくもりそばに箸をつけた。 昼食を終えると泡沢は何も言わず小川が向かう方へ着いて行った。 小川はこじんまりとした商店街をふらつき、パチンコ屋に入って10000円ほどすり、そしてショッピングモールでソフトクリームを買い、屋上で休んだ。 「チンポ刑事さんよ」 「なんでしょうか」 「俺について来たって何もでねえぞ」 「どういう事ですか?」 「もう捜査はするつもりはないって事さ」 「え?」 「この一連の事件で手柄を挙げられるとは思えないが、それでも諦めずにやりてぇってんなら、1人でやってくれ」 「そんなの駄目ですよ」 「どうしてだよ?」 「私達は刑事ですよ?刑事が事件をほったらかしてどうするのですか?」 「刑事刑事うるせぇなぁ。刑事やってりゃ何でも解決出来るわけじゃねぇんだ」 「そんな事わかってますよ」 「わかってねぇんだよ。ねぇからお前は馬鹿みたいに未だにホシを追う手掛かりを探そうとしてんだろ?やるだけ無駄さ」 「小川さんだってホームレスの老婆を追ってたじゃないですか」 「あれで、全部諦めちまったのさ。これは俺達に手に負えるホシじゃねぇってな」 「そんな事言わないで下さい。鰐男は幽霊なんかじゃないんですよ?れっきとした人間なんです。人間であればミスを冒します。そのミスさえみつけられれば……」 「見つからなかったから、俺達はこうして真夏の昼間に屋上でソフトクリームを食べながら時間を潰してんじゃねぇか」 まぁそうですけど。泡沢は小声で囁いた。 結局、この日は一日中ぶらついて終わった。 洗い直しも、現場に向かう事も、ママの事件の事で所轄に連絡する事もなかった。 泡沢は全身からやるせなさを感じ、自ら股間を握りしめた。署に戻り小川さんが帰宅すると第1の殺害現場の報告書と現場写真を見直した。 隅から隅まで見直せば、何処かで勃起するかも知れないと考えての事だったが夜中の12時を過ぎても尚、チンポはピクリともしなかった。 つまりここに写っている物では犯人に繋がり物はないという事だ。ならば、と泡沢は思った。 逆ならどうだろう?現場写真に写っていない物、場所を見ればひょっとしたら…… 泡沢は全ての現場写真を持って立ち上がった。それらを持ってコピー機の前に立つ。 全てをコピーし終えると報告書と写真を戻し、帰宅する為に署を後にした。
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