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第五章 ⑤⓪
静岡に死体を受け取りに行った圭介が目にしたのはペースト状にされゴミ袋に入れられた女教師だった。
ラピッドの人間からそれを手渡させれた圭介は、これが死体?と思わず呟いてしまう程だった。ラピッドの人間は小嶋と名乗り罰の悪そうな顔でこう言った。
「すいません、今回のシェフがこのような状態にしたようです」
「これならわざわざ俺が引き取る必要はなかったんじゃないですか?」
「そうなんですが、一応、規則ですし。それに……」
「それに?何ですか」
「シェフの方からも、契約通り処理人に渡すようキツく言われまして……」
「だとしても、このようなペースト状にまでされたなら、そちらで処理された方がお互いに危険も少ないと思いますが」
「ですよね。なので私達からもそう進言させて頂いたのですが、頑として聞かず、規則を破るつもりか?と逆に脅されるような真似をされまして…」
「そうですか。ならわかりました。こちらで処理します」
圭介はペースト状の人間が入っているゴミ袋を車のトランクの中に入れた。縛られているゴミ袋の口をこぼれないか再度確認する。
「ちなみに、1つ聞いても良いですか」
「ええ。構いません。ですが最近は情報管理が厳しいので、私が答えられるものであれば何なりと」
「ターゲットをこのような状態にまでする漂白者、いえシェフが気になりましてね。その方の名前を教えてほしいのですが」
ラピッドの人間はしばらく悩んだ後、渋々口を開いた。
「英 永剛 (はなぶさ えいごう)」と言います
年は60歳だと聞いています」
「じゃあ、そのシェフの方が、ターゲットをこのような状態にまでしたという事ですか」
「そうなりますね」
「その英永剛って人は科学者か何かですか?」
「それはお答え出来かねます。ですがどうしてそのように思われました?」
「基本、人体をバラすの処理人の仕事です。
なのに、このような状態にまでするというのは考えられません。化学物質、つまり人体の皮膚や骨を溶かす液体状の物を持ってるか、それを簡単に手に入れる事が出来るのは何らかの科学者でなければ無理だと思いまして」
「ですよね。普通はそう思うでしょう。ですが、英永剛ってシェフは科学者ではありません」
「というと?」
「先程も言いましたが、職業は言えません。という事は既にお分かりだと思いますが、英永剛は別の仕事を持っています。シェフとしてラピッドの社員になっているわけでもありません」
「フリー、という事ですか?」
「そうです。フリーのシェフ、いやフリーなので殺人鬼と言った方が良いでしょうね」
「そんな危うい人間を使って大丈夫なんですか?」
「信頼はおけるらしいですよ。何でも殺人が唯一の趣味で、娯楽らしいので」
「そうですか。なら良いですけど」
圭介はトランクを閉めた。
「では、趣味というだけあって、このようなペースト状にまでするという訳ですね」
「ええ。何でも殺害後、遺体を持ち帰りじっくり時間をかけて、皮膚を剥ぎ取り切断、そして細かく粉砕し、すりこぎですり潰して行くそうです。なので、殺人から処理人の方に渡すまで、かなりの時間を要してしまうんです」
「中々、面倒くさい人ですね」
「ええ。素早く事を運べないのでこちらとしても、毎回やきもきされっぱなしです」
ラピッドの小嶋という人間はそういうと
よろしくお願いしますと頭を下げた。
圭介は車に乗り込みエンジンをかけた。
挨拶もそこそこに車を走らせる。
道中、受け取ったペースト状の死体をどこかの川にでも捨てようかと思ったが、停車して、ゴミ袋を担ぎ河川に降りていく姿を真夜中だとはいえ、季節は一応まだ夏だから、若い奴等が朝まで遊び呆けていないとも限らないし、そんな誰かに見られると後々、厄介だと思い、自宅まで持って帰る事にした。
この状態ならそのまま鰐に食わせられるが、果たして鰐は喜ぶだろうか。それ以上にマリヤはガッカリするだろう。
初の人体解体を多分、楽しみにしているだろうから、それがこのようなペースト状になっていると知ったらさぞ肩を落として悲しむだろう。
だがまぁ致し方ない。マリヤには諦めてもらうしかない。
次回の依頼がいつになるかはわからないが、それまでは我慢してもらおう。
圭介は運転しながらそのような事を考えていた。道は空いていて思わず速度を速めたくなるが、そこはグッと堪えた。
そして死体を見てからずっと頭の隅から離れない事柄に思考を移す。
英永剛(はなぶさ えいごう)60歳。フリーの漂白者と言う事だが、恐らくは元ラピッドの社員だった事は間違いないだろう。この国にラピッド以外に殺し屋家業がどれくらい在りどれだけの人間がいるのかはわからない。想像もつかなかった。
蛇の道は蛇ではないが、そちらの世界の人間がラピッドへ売り込んで来たとも考え難い。だとしたらやはりラピッドの元社員で、引退か定年退職をした後からも、殺人は自らの趣味と言うくらいなのだから、引退した後でも仕事の依頼を受けていたと考えるのが妥当だ。ただこのような殺害方法では手間と時間ばかりかかる。だからラピッドからも頻繁には依頼していないのではないだろうか。
そんな英永剛(はなぶさ えいごう)という男は一体、どんな男なのだろう?
年齢からイメージ出来る事は限られている。少し禿げ掛かった頭には白髪が混ざっていて、下っ腹が出て老眼鏡をかけている、圭介の英永剛のイメージは、世間一般的に言われるおじさんと言った感じだった。
ただ殺した後に人体をペースト状になるまですり潰すといったやり方は、相当粘着気質なのは間違いない。こいつに恨みを買うと、そのような仕打ちが待っているという事だ。
だから恐らくは圭介のように自身の正義の為に殺人をするといったタイプではない。なので一期一会的な出会いでは意外と殺意は芽生えないのではないだろうか。
そこまで考えて圭介は鼻で笑った。粘着気質なら、一期一会で怒りを買うとその場では何もしないだろうが、自宅を特定されたのち、始末されるのがオチだな。
恐らく、気弱な性格で学校でも社会でも虐められる対象となっていたかも知れない。
人間性を想像した後は、殺害にどんな武器を使うのか気になり始めた。様々な器具や刃物を思い浮かべて行く。イメージからして銃器とは考え難かった。
ならば恐らくは絞殺だ。もがき苦しむ様を見ながらニヤける顔が想像出来た。絞殺という殺害方法を取るには力も必要だが、後ろから絞め殺すのか、それとも身体の上に跨り、両膝で腕を押さえつけながら絞め殺すかのどちらかだと思うが、どちらにしろ、それなりの力は必要となる。体格も大きい方が有利だ。
だが、英永剛の体格が大きいとはイメージ出来なかった。肥満体格なのかも知れない。それなら背後から襲っても引きずりたおし、両足で胴体を挟めば相手は身動きが取ることはほぼ不可能だ。恐らく英永剛という漂白者は、かなりのデブで禿げ上がった頭をしているジジイに違いない。こんな奴に命を奪われる者は報われないなと圭介は思った。
自宅に戻ると車の音に気づいたのか、マリヤが家から飛び出して来た。まるでサンタを出迎える子供のように眠たい目を擦りながら頑張って起きていたという風だ。
圭介はマリヤを見て首を横に振った。ただのゴミ袋だから周囲の目は気にする事はないだろう。運転席から降りてトランクを開けた。ゴミ袋を取り出し、トランクを閉めその足で小屋に向かった。
その後をマリヤがカルガモの子供のようにちょこちょこと着いてくる。ポケットから鍵を取り出し施錠を外した。戸を開けて中に入る。明かりをつけた時にはマリヤも中に入っていた。
「その中に死体が入ってるの?」
背後からの声に圭介はそうだよと答える
「30代の女にしてはやけに小さくない?」
「小さいどころじゃないさ」
圭介はいい結び目を外した。
「みるか?」
「うん」
マリヤが圭介の横から広げたゴミ袋の口に顔を近づけた。
「え?何これ ただの液体じゃん」
「処理した漂白者がこんな状態にまでしたんだとさ」
「どうしてよ?そいつふざけてんの?」
「そいつはいつもターゲットを殺した後に、こんな風にペースト状になるまですり潰すらしい」
「身体をミキサーにかけるわけ?」
「良くは知らないけどそれもあるかもな」
「あぁーあ。何よ。そいつ大事な私の初体験を奪うなっての」
「まぁ、仕方ないさ。次回に持ち越しってわけで、今回は諦めろ」
「ったく、私のこのテンションどうしてくれんのって感じ」
「楽しみにしてたもんな」
「そうよ」
マリヤは頬を膨らませ不貞腐れた。
「そいつ、許せない」
圭介は笑いながらマリヤの頭を撫でた。
水槽に脚立を立てる。そしてゴミ袋を持って脚立を登っていった。ゴミ袋の口を開けて水槽内へと、ペースト状の元学校の教師を落として行く。
「ねぇ。圭ちゃんさぁ」
「何?」
水槽の中にゆっくりと沈むペースト状の肉体を眺めながらそう言った。
「そいつ、殺そうよ」
「は?」
マリヤの唐突な言葉に驚き前のめりになっていた身体のバランスを崩し水槽内へと落ちそうになった。
「どうして?」
「そんなのわかるでしょ?私の楽しみを奪ったからじゃん」
「無理だな」
「どうして」
「同業者だからさ」
「そんなの関係ないじゃん」
「漂白者が足りなくなる」
「私がそいつの代わりをやるから平気」
「代わりってマリヤ、お前はラピッドに殺された存在なんだぞ?その意味わかってるのか?」
「わかってるよ」
マリヤはその事をまるっきり忘れてしまっていたようだ。圭介は脚立から降りてそれを片付けた。
「なら、無理な事はわかるよな」
マリヤはまた不貞腐れた顔で圭介を見た。そして聞こえないような声でぶつぶつ言いながら1人小屋から出て行った。
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