第五章 ⑤①

1/1
前へ
/192ページ
次へ

第五章 ⑤①

出ていったマリヤをそのままにして、圭介は小屋の掃除を始めた。デッキブラシでタイル床を擦る。この作業は意外と気に入っていた。無心になれるからだ。 マスクをつけ換気扇を回しながら酸性洗剤を巻く。タイル目に沿って隅から順番にデッキブラシで擦る。 泡だった洗剤の鼻に付く匂いがより集中力を増してくれる。 水で洗い流す時が1番達成感を感じられる時だ。 その後に工具類に油をつけ1つ1つ磨いていった。 父親が現役の頃は処理人の仕事がそこそこあったので、圭介はよく工具類の手入れをしたものだった。 だが最近はラピッドからの依頼自体が減少傾向にあった。まぁだからといって会社から貰う給料が減る訳ではないので、生活に困る事はない。仕事がないのに給料が減らないのは、いざという時の為の保険的な意味もあるのだろう。だから中には処理の依頼が来ない方が楽でいいという人もいるらしい。 それはそうだ。ニート状態でも金は入ってくるのだから。 だが圭介はそんな人達とは違っていた。処理人にしろ漂白者にしろ仕事はあればあるほど良いと思うタイプだった。 プラス、個人的な殺人を行っていたのは、それが圭介の中の正義であり、嗜好だからだろう。 その嗜好という点に限って見れば英永剛と同じタイプだと、圭介自身も感じとっていた。 圭介は丁寧に並べられた工具類を眺めた後、酸性薬剤の匂う小屋から出て行った。 その日のマリヤは夜まで不貞腐れていて、一言も口を聞かなかった。 圭介が作った遅い昼食も食べず、圭介の部屋に入って閉じこもった。 圭介が入ってこれないように鍵をかける所が、まだ子供だなと呆れ顔でそう思った。 流石にお腹が空いたのか、それともトイレが我慢出来なくなったのか、夕方6時過ぎにマリヤは圭介の部屋から出て来た。 リビングでくつろいでいた圭介の前を通り過ぎトイレに向かった。戻って来るとソファに腰掛けニュースを見ていた圭介の横にちょこんと座り、TV画面を見ながら 「お腹空いたね」 と言った。 「空いたな」 「夜ご飯、何?」 圭介が作るのが当たり前だと言わんばかりに聞いてくる。 「肉野菜炒めだな」 「ふーん」 「嫌いか?」 「そんな事ないよ」 「なら良かった」 圭介は言うとソファから立ち上がり、 夕飯の支度をするから風呂入ってくれば?と言った。 マリヤはしばらく考えた後、 「わかった」 と言いソファから立ち上がった。 1時間近く入っていただろうか。 風呂から出て来たマリヤは不満を全て洗い流したかのように、スッキリとした表情を浮かべていた。 TVを観ながら下らない事をだべりながら食事を済ますと、片付けと洗い物は私がやるよといい、テーブルの食器類を片付け始めた。 圭介はその間、スクワット50回を4セットこなし、風呂に入った。その後でほとんど恒例となった映画を2人で観た。 3本目の最初の方でマリヤが寝息を立て、圭介は冷房の切タイマーを入れ、12時過ぎに目を閉じた。 早朝、マリヤが眠っている間に着替えを済ませて釣りに出かけた。まだ中学生や高校の頃は毎朝、父親と釣りに出掛けていたものだが、父親が引退してからは毎日行くという事はしなくなった。 それが良いとか悪いとかではなく、あくまで処理人としての父親の捉え方と両方をこなす圭介の捉え方の違いだった。だが今朝は何故か早くに目が覚めた為に、久しぶりに釣りに行こうと思ったのだ。 やっている仕事は非日常的だが、朝釣りも圭介にとっては非日常的なようなものだった。 きっとそれは釣りというものが、人間相手ではないからだろう。 釣りから戻り釣った魚を捌いて水槽の中に放り投げた。自宅に戻ってもマリヤはまだ寝息を立てていた。圭介はシャワーを浴びて朝食の支度をする。 なるべく静かにやっていたつもりだったが、マリヤが目を覚まし、 「おはよう」 と言った。 寝転がったままこちらに向かって両腕を突き出す。つまり抱きしめて欲しいという事だ。 圭介は朝食の支度を一旦、止めてマリヤの側に行き抱きしめた。マリヤはまだ眠いのだろう、目はほとんど閉ていた。しばらくそのままでいるとマリヤはまた寝息を立てた。 そっと寝かしてから圭介は再び朝食の支度に取り掛かった。 支度を終え、TVをつけた。マリヤを起こさないよう音量を出来るだけ小さくし、しばらくニュース映像を眺める。 するといきなり、この暑い中、スーツを着て1人チラシを配っている男の映像が映し出された。圭介はその男に何故か惹かれるTVの音量を上げた。 どうやら現職の刑事が情報を求めて似顔絵入りのチラシを配っているらしい。 「ご覧の皆さまも、どんな些細な事でも構いませんので連続殺人鬼鰐男の情報がありましたら、最寄りの派出所、並びに警察へご一報下さいませ」 アナウンサーがそういった後で、ここ半年で起こった5つの殺人事件の日時、場所、死体が発見された時間帯など、事細かく発表された。 それだけ鰐男の情報が皆無に近いという事だ。圭介はニュースを見ながらほくそ笑んだ。 「確かにアリゲーターマンとしては5件だが、その他の3つの事件の情報はいらないのか?それとも思った通り別な犯人と断定され捜査しているのだろうか?」 どの道、圭介に繋がる重要な証拠など何一つないのは本人もわかっていた。 ただやはりあのホームレスの老婆に鰐のマスクをつけた姿を目撃させたのは意味があったと思った。 それでも1つだけ不満があるとしたら、自分が殺した人間達は、全員がろくでもない奴等ばかりだと言う事をメディア伝えない事だった。 それはまるでろくでもない奴等でも生きる価値があると言わんばかりだった。どんな人間に対しても殺人は絶対に許してはいけない、と画面のこちら側にいる圭介に向かって話しているようで、圭介は平静さを装いながらTVを消した。 なるほど。やはり世間はどんな悪事を働いていようが被害者となれば、そちら側につくというわけか。 ならばわからせる為に再びアリゲーターマンが動き出すしかなさそうだ。圭介は立ち上がり部屋へと向かった。 乱雑ではあるが、殺人候補者にリストアップしていた奴等の名前を記入したノートを取り出した。スナック天使の関係者に力を入れ過ぎてほっぽりだしていた者達だ。 その中の1人に「笹野ゆうこ」という20代後半の女がいた。この女は不倫が趣味みたいなもので、相手の家庭が崩壊するまで、不倫を続けるような女だった。 勿論、そのような女だから、平気で相手の奥さんに自分の存在を仄めかしたりもした。相手の奥さんが気づかなければ、第三者を語り、ベッドで抱き合う2人の写真を自宅のポストに投函したりした。 当然のように離婚するからと言われてますからと電話口でいう事に、一切の躊躇いもなかった。 そして、家庭が崩壊した瞬間に、男を振って姿をくらませた。圭介は次のターゲットはこの笹野ゆうこにしようと決めた。 ただし、死体を飾るのはやめだ。マリヤに解体させたいという気持ちがあったからだった。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加