第五章 ⑤②

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第五章 ⑤②

笹野ゆうこをターゲットに決めた事をマリヤに話すと、マリヤは自分が殺ってみたいと言い出した。 お気に入りのマイナスドライバーを二刀流にして様々なポーズを圭介に見せつける。 見るからに運動音痴ぽいが気持ちだけは強そうだった。だが、幾ら相手が女だとはいえ、今のマリヤにみすみす殺されるようなヘマな人間は存在するとは思えなかった。 「無理だよ」 「出来るし」 「いや、出来ない」 「やってみなきゃわかんないじゃん」 「なら聞くけど、笹野ゆうこをどうやって殺すんだ?」 「これを使ってに決まってんじゃん」 「それはわかってるよ。俺が聞きたいのは、いつ、どこで、何時に、どう接近し、どうやって殺して、その死体をそこからどうやって運び出し、処理するかって事だ」 「そんなの簡単だよ」 呆れて物も言えなかった。 「圭ちゃんが、全部団取り組んでやってくれるんでしょ?だって次のターゲットはその笹野ゆうこなんだから。だから私は殺人という美味しい所だけ貰うわけ。つまり漂白者デビューなのね」 「いや、悪いけど俺は自分の為にやるんだ。それを小屋で処理するだけならマリヤにやらせてあげてもいい。けど殺しはさせられない」 「どうしてよ」 「1つは足手まといになる。もう1つは、互いに気を取られくだらないミスを犯しかねない。それに他人の目から見た人というのは、1人よりも複数人の方が印象に残ってしまうんだ。それはどういう事かといえば、複数は目立ってしまう。目立つという事で言えば、目撃される可能性もぐんと上がるし、もしそうなったら知らない内に警察の捜査対象に上がり、やがて逮捕に繋がりかねないという訳だ。マリヤは警察に捕まって平気なのかい?」 「やだよ」 「なら諦めるしかないな」 「それも嫌だ」 「わがままは言わない」 「わがままとかじゃなくてさ」 「なら何なんだよ」 「私が出来るかどうか試させてよ」 「試す?」 「うん。車椅子に乗った私が人を刺してバレずに上手く立ち回れるか、どうか、それを試させて。もし、それが、失敗に終わったら、私にはセンスがないって諦めるから」 何故、マリヤは先ず車椅子に乗る事が前提にあるのか。どうしてそこにこだわるのか理解しかねるが、恐らくは車椅子に乗っている事で油断させる算段なのだろう。 いざとなれば車椅子を捨て逃走も出来る。だが、それでは車椅子にマリヤの痕跡が残るのではないか?あぁ。そういう事かと圭介は思った。 なるほど。だからマリヤは外出時に肌が露出するような服は着なかったのか。暑いのに手袋までしてたのはそういう意味を含んでいたのかも知れない。ならそれはそれで、意外と面白そうだなと圭介は思った。 「もし、試しにやるとしてもだ。自分で車椅子を動かしながら、今手に持っているマイナスドライバーでどうやって殺す?マリヤも殺す相手も止まっている事が前提としてないと刺すことも出来ないぞ?」 「2人でやるの」 「2人?」 「うん。圭介が車椅子を押しながら、私は車椅子に乗ったまますれ違うターゲットをこのマイナスドライバーで刺すのよ。人混みの中だったら絶対にバレないよ」 圭介はマリヤの話を聞いて溜息をついた。 「あのさ、それは通り魔的犯行でしかないだろ?すれ違い様に1発で仕留めるなんて無理だ。ましてや武器はマイナスドライバー。それに車椅子に乗っているという事は低い位置から高い位置への攻撃になるわけだ。そんな所から一撃で急所は狙えない。良いとこ腹部を刺せる程度だ。それに刺した後、ターゲットはどうすんだ?ほったらかしか?処理をしなくちゃいけないんだぞ?」 「圭ちゃんだって、処理しないで死体をバラバラにして飾ったじゃん」 「それとマリヤのやり方では意味合いが全然違う。俺はターゲットはしっかり捕らえてる。通り魔みたいに放置はしていない。それではただの犯罪者だ。勘違いして欲しくないけど、俺がやってるのは害虫駆除みたいなものさ。世の中に不利益や他人を不幸に貶めるような人間を殺す事で、不幸から逃れられる人間がいる。だけどマリヤのやり方はただの通り魔だよ」 「そんなに言うなら圭ちゃんがターゲットを捕まえて来てよ。そしたら私がやるから」 「あのなぁ。人1人を生きたまま捕らえるってのがどれだけ大変かわかってんのか?」 「わからないよ」 「吉田萌に自分がされた事をもう忘れてしまったのか?」 「そんな昔の事なんかとっくに忘れたし」 売り言葉に買い言葉じゃないが、マリヤはまだまだ幼稚だ。致し方ない事なのかも知れないが、それではこの仕事は出来ない。やはりマリヤが出来るとしたら処理人しかない。過去の映画で夫婦でスパイという物が確かあった気がするが、現実的に恋人同士で漂白者を行うというのは中々、無理がある。ましてやラビットにはマリヤは処理されている事になっているのだから。 せめてラビットがマリヤを受け入れてくれれば良いのだが、恐らくは無理だ。何故ならマリヤはラビットに目をつけられ殺されるような人間なのだから。 確かに漂白者の中には犯罪歴がある人間もいるだろう。漂白者を返り討ちにし、そこから繋がった者もいるかも知れない。でなければ、英永剛や吉田萌のような、一風変わった殺しをする人間をラビットが雇っているとは思えないからだ。 マリヤはいい、再びマイナスドライバーを振り回し始めた。 呆れた圭介だったが、とりあえずマリヤに提案する事にした。 「先ずは2人一緒に笹野ゆうこを張ってみるか」 「良いね」 マリヤは満足げな表情でそう言った。
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