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第二章 ⑥
「一体、何処に行きやがった?」
小川さんはホームレスのお婆さんの姿が見えない事に苛立ちを隠せなかった。
「荷物らしき物は置きっぱなしのようですね」
ホームレスの老婆の寝床は歩道橋の階段下、地面に近い低い場所にあった。その場所に勝手にベニヤ板で風雨避けの壁を作っている。その横に大量のゴミ袋に入れられた空き缶が山積みにされていた。拾ってきた雑誌の束は読んだら寒さしのぎの為に燃やすのかも知れない。
「飯を求めて三千里ってか」
舌打ちしながら小川さんが言った。
「こんだけ空き缶集められんなら、仕事くらい出来るだろうに」
「ですね」
「ホームレス内でも縄張りがあるってくらいだからな。空き缶だってそうそう貯められるもんじゃねぇだろ」
小川さんはそれほど地道な事が出来るなら仕事なんて楽だろうと言いたいのだろう。
だがこのような人達の多くは社会不適合者で、人間関係に疲れてホームレスになった人が多くいると聞く。
借金で首が回らなくなり仕方なくっていう人間もいるだろうが、やはり、ホームレスを生きる道として選ぶのはやはり人と社会の関係性から逃れたいからかも知れない。
だが厳密に言えばどんなに逃げようが社会からは決して逃れる事は出来はしない。
占拠した場所を追われたり、襲われたりもする。小銭稼ぎの空き缶集めだって縄張りがあるのだ。
ホームレスというコミュニティがあり、それは既に社会の1つだ。ならば底辺の生活しか出来なくとも仕事を持ち、たまに好きな事にお金を使って、泣き笑いした方がまだマシではないかと私は思う。
何故ならこの世の社会というものから逃れる方法は1つしかないからだ。それは死ぬ事だけだ。それ以外はない。
なのにこの老婆はホームレスとして生きている。
必死ではないかも知れない。ただ時が経ていくのを待ち侘びているだけなのかも知れない。
だがこうして空き缶を集め日々の飯代を稼ぐ為に動いているのだ。今更どうにもならないからそうするしか生きる道がないのだろうが、ならば何故もっと早く、という思いが、空き缶の山を見ていると込み上げて来た。
「感傷にしたるような顔でゴミ袋眺めてんじゃねーよ」
「そんな事はないですよ」
小川さんに見透かされ罰が悪かった。だが変なプライドが湧き上がり意地を張ってしまった。
「まぁ、そんな遠くには行ってねーだろうから、近所、探すぞ」
「はい」
私はいい、とりあえず飲食店が並ぶ場所へと移動した。
この辺りは都内と違い飲食店と言っても大型チェーン店が多い。駐車場完備で県道沿いに建ち並んでいるのがほとんどだ。
高円寺の商店街内のように個人経営している飲食店は中々お目にかかれない。
そんな中、ホームレスが残り物や残飯を漁るのは中々大変な事だろう。
コンビニの破棄する弁当などは狙い目なのかも知れないが、店外に出しておくという事は先ずしない筈だ。ホームレスしかり、野良猫や野良犬、カラスなどが漁るからだ。だから回収業者が来るまで店内で保管している。そう考えると食事を得るのは中々の一苦労だと思った。
私は足早に歩く小川さんの背中を追いながら
「あてはあるんですか?」
と尋ねた。
「んなもんねーよ」
「ですよね」
「大体、何で俺がババアのホームレスが行きそうな場所を知ってなきゃならねーんだ」
確かにそれはそうだった。
情報源としてホームレスを飼っているならまだしも、
そうでないホームレスの行動なんてわかるわけがない。
「手当たり次第ってわけですね」
「そういう事だ」
私達2人はあらゆる飲食店を回り尽くしたが、ホームレスの老婆を見つける事が出来なかった。
缶集めをしているとしても、簡単に見つかると思っていたが、どうやら考えが甘かったようだ。
午後2時になって立ち食い蕎麦屋で昼食を取った。
「ったく、どこに姿くらませやがったんだ」
店を出て爪楊枝で歯をシィシィさせながら小川さんが言った。
「寝床で待ってるのが正解かも知れないですね」
「今更、そうするのも癪だが、仕方ねーな」
私達2人は、再び老婆のホームレスが寝床にしている歩道橋の所まで引き返す事にした。
パーキングから車を出して歩道橋近くに停車する。
「一眠りするから頼んだぞ」
と小川さんがいい私に見張りを押し付けて来た。
まぁ。仕方ない。私は小川班で転属したばかりだ。
「わかりました」
私はいい、車の中で老婆のホームレスが戻ってくるのをひたすら監視していた。
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