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第二章 ⑦
老婆が現れたのは夕方になってからだった。
4時を少し過ぎた時刻で、車の数も段々と増え始めて来ている。
帰宅途中の小学生の集団が、立てかけたベニヤ板を叩いては臭い臭いと馬鹿にしながら下校して行く。
私は小川さんを揺り起こした。そうされるのが嫌いなのか、小川さんは不機嫌を隠す事はせず、舌打ちしながらリクライニングを戻した。
「戻って来ました」
「来たなら行けばいいだろう」
要するに起こさずに行けよって事だろうが、行けば行ったで後で文句を言われるのは目に見えていた。
だから私は何も言わず後部座席に置いてあるビニール袋を掴み、運転席のドアを開けた。
中には日本酒とおつまみ、そして弁当が入っている。
「一服してから行く」
小川さんがワイシャツの胸ポケットに手を差し込んだ。
「わかりました」
ドアを閉めるときに小川さんがライターつけた音が聞こえた。
私はガードレールを跨ぎ、歩道橋の下へ向かう。ベニヤ板をノックした。
返事はない。また小学生の悪戯かと思っているのかも知れない。
「警察の者ですが、少しお話し宜しいでしょうか?」
私がそう問いかけるとベニヤ板裏でガサゴソと動く音がした。
階段側に垂らしているブルーシートの隙間から顔を覗かせた。
「何だい?私が見た事は全部警察には話したよ」
「ええ。ご協力には感謝しております」
私はいいビニール袋を突き出した。
「ほんのお礼ですが…」
老婆のホームレスはビニールの中を確認すると前歯のない口を開けて微笑んだ。
「少し気になる事がありましてね」
「何だい、その気になる事って」
「犯人が何か落としたりしなかったですか?」
「何も落としちゃいないよ」
「そうですか?なら何か貰ったり預かったりはしてませんか?」
「何あんた、私を疑ってんのかい?」
「疑ってはないですよ。ただね」
そこまで口に出した所で小川さんが現れた。私の肩を掴むと横に押し退けた。
「バァさんよー。本当は犯人から何か貰ったんだろ?でなきゃ何で目撃者であるあんたが生きてんだよ?」
ホームレスのお婆さんは首を傾げ、
「知るもんか」
と怒鳴った。
「理由がわからねーんだよ。理由がさぁ」
「ひょっとしたら…」
「なんだよ?」
「自分の存在を世間に知らしめたいのかも知れません」
「あぁ。そういう事も考えられるな。だがもしそうだとしたら、これから先もバラバラ殺人事件は起こるって事になるぞ?」
「そうですね」
「馬鹿野郎。そんな事はさせねーよ。警察を舐めんなっつうんだ」
小川さんはヒートアップし、ベニヤ板を蹴飛ばした。
靴の形そのままにベニヤ板に穴が開き、ホームレスのお婆さんが、金切り声をあげて怒鳴った。
「キャンキャンキャンキャン吠えるんじゃねーよ。あんま調子に乗ってっと、行政に頼んでこの場所撤去させちまうぞ」
小川さんが脅すとお婆さんはシュンとして中へと戻って行った。
「ったく使えねーババアだな」
「残念ですが、そうですね。何かしらあると睨んだんですが」
「勃起は?」
私は首を振った。
「結局、振り出しか」
「私のわがままに付き合って貰ったのに、なんかすいません」
「言いっこなしだ。こればかりはしゃーないだろ」
小川さんは帰るぞといい、車の方へと向かって歩き出して行った。
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