第二章 ⑧

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第二章 ⑧

聞き込みや防犯カメラなのど映像をみても、鰐の仮面を被った大柄の男らしき人物の特定は難しかった。 確かに殺害された場所付近には防犯カメラが設置されておらず、特定に至るのは無理があるが、その付近ですら体躯のがっちりした人間を見つける事は出来なかった。 まるで突然、殺害現場に湧いて出たかのようだった。 私はホシからそんな印象を受けた。 実際、湧いて出るというのはあり得ないから何処かしらに痕跡があっても不思議ではない。だが今の私達ではその痕跡を見つける事すら出来ていない状況であった。 「神出鬼没たぁ、まさにこいつの為にあるような言葉だな」 小川さんはデスクの椅子の背もたれに体を預け、両足を机に投げ出した格好でそう言った。 「お手上げですか」 「お前さんのチンポも無反応じゃ、どうしようもねーからな」 「すいません」 「謝る事はねーよ。ホシはそれだけ完璧だって意味なんだからよ」 「実際、何1つ痕跡を残さないホシなんているんでしょうか?」 「いないな。唯一出た下足痕も一般にかなり流通しているスニーカーだったしな。だが俺が解せないのはそのサイズなんだよ」 「サイズ?」 「ホームレスのババァの話じゃ身体がデカいってなってるだろ?」 「ええ」 「でも、スニーカーのサイズは25だ」 「体の割に足は小さめですね」 「そうなんだよ。だからホームレスのババァの話は、信じられねーのさ」 「もっと背は低いと?」 「近くの防犯カメラも身体のデカい奴は映っていなかった。だが、ホシが160ちょいなら、それなりの数の男が防犯カメラに映っている」 「小川さんは、ホシは小柄だとお考えですか?」 「正直わからねー。何故かっていうとな。身長と足の大きさは比例しねーからだ」 小川さんはいい、机の上に投げ出している片足を私の方へと伸ばして来た。 靴下の踵の部分と親指の付け根に穴が空いている。 「俺みたい、身長は160くらいしかないが、足のサイズは28だ。つまり逆もあるって事よ」 「なるほど」 幾ら体躯が大きくても足が小さい場合もあるって事か。私達はホームレスのお婆さんの目撃情報を安易に鵜呑みにし過ぎていたのかも知れない。 だとしても一般に流通している下足痕だけじゃどうにもなりはしない。 これじゃあ、にっちもさっちもいかない。 頭を抱えたくなった。 こんな時、杉並警察署の警部や三田さんならどうするだろう?チッチはどう私を励ましてくれるだろうか。 そんな事が頭を過り私は自分で自分の頭を拳で叩いた。 ここは杉並警察ではない。自力で考え答えを導き出すしか方法はない。そう考えていた時、いきなり小川さんが言った。 「次の事件を待つしかねーか」 「え?」 「え?じゃねーよ。何も残さねーホシなんだ。事件起こして貰ってミスを待つしかないだろ」 「そんな事を刑事が口に出したら不味いですよ」 「外部でならな。だが安心しろ。ここは県警内部だ」 そうかも知れないが、事件が起きるという事は1人の人間が殺されバラバラにされるという事だ。 「次、殺される奴がいるとしても、恐らくろくでなしだ。生きてるだけで他人様に迷惑かけるような野朗だ。それならこちとら、大歓迎さ」 「そうとは限らないじゃないですか?」 「反対にそうじゃないとも言えるだろ?殺された2人は悪人なんだからよ」 確かにそうだが、悪人だけを狙っての犯行など現実に有り得るだろうか?もし失敗しようものならその身は完全に危険に晒される。ただじゃ済まないのは確実だ。 ホシだって馬鹿じゃない。そんな正義の味方みたいなホシがいる筈が…… そこまで考えた時、股間がうずいた。熱を持ちピクりと動き出す。私はいきなり席を立った。勢いよく立ち上がった反動で椅子が後ろへと移動し、ひっくり返った。 「おいおい、いきなりどうした?」 小川さんがいい、私を見上げた。 ゆっくりとではあるが、確実に私のチンポは勃起を始めていた。若い頃のように一気に勃つという事はなかったが、確実に勃起していっている。 頭の中では正義の味方という言葉が駆け巡る。鰐の仮面を被った正義の味方。まるでアメコミキャラのようにそいつは悪人を処刑して行く……? 「おい、部署内でチンポおっ立ててんじゃねーよ」 小川さんが私の股間に向けて買ったばかりの手帳を投げつけた。 「痛っ」 股間をおさえながら、投げられた手帳を拾い、小川さんに返した。椅子を掴み再び腰掛けた。 「何かあったのか?」 「はい」 「何だそれは。早く言え」 「小川さん、ホシは自身の事を正義の味方と考えているのかも知れません」 「正義の味方だと?」 「ええ。だから小川さんの言うように、次の事件が起きたとしたら、害者はきっと悪人の筈です」 「それでおっ立ったわけだな?」 私は頷いた。だが、それだけで犯人の手掛かりになる筈もなく、ホシに繋がる物的証拠などは未だ何一つなかった。 「正義の味方からどうホシへと繋がって行けるんだ?」 小川さんがそう言った。 私は全くわかりませんと返す事しか出来なかった。
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