6人が本棚に入れています
本棚に追加
第八章 ⑨①
「これ以上何をどうしろってんだ?」
県警本部の近くで急に小川さんが車を止めろと泡沢に命令した。
シートベルトを外しドアを開ける。
「何処に行かれるのですか?」
「パチンコだよ、パチンコ」
「そんな事やってる時間ありませんよ。これから又、聞き込みに行かなきゃいけないんですから」
泡沢の言葉に対して、小川が返したのがその言葉だった。勢いよくドアを閉め少し開いた窓に両指をかける。顔を近づけ車内にいる泡沢に向かってこう言った。
「チンポさんよ。聞き込みはお前1人に任せた」
「それはダメですよ」
「ダメじゃねぇ。班長の命令だ」
小川さんはいい窓を拳で叩いた。
「聞き込みで、お前のチンポがおっ勃つ事を期待してるぜ」
小川はじゃあなと付け加えそさくさとパチンコ屋の方へと向かって行った。
小川さんの事だ。何か考えがあっての単独行動だろう。ホームレスだった明山未子の時もそうだった。だからそうだろうと思いたかった。そう信じたかった。
だが小川自身が決定的な切り札と信じていた明山未子は最後に謎の言葉を残して一切の面会を遮断した。
これほどまで読唇術が出来ればと思った事はない。明山未子の嫌がらせとも考えられるが去り際に見せたあの笑みを見たら、嫌がらせなどではなく、鰐男に繋がる決定的な何かを知っているとしか泡沢には思えなかった。
だがそれが何なのかは明山未子から直接、聞き出さなければわからない。泡沢は車を走らせながら、再度、木更津拘置支所へ向かってみようと思った。ハンドルを切りUターンをした。
自分1人で来たと言えば明山未子も心変わりするのではないか。淡い期待を胸に抱くが、不安が無いわけではなかった。
木更津拘置支所に着き明山未子に面会を求めると、数分後にあっさりと断りの旨を伝えられた。不安的中ってやつだった。仕方なく帰ろうとしたその時、明山未子の面会時に立会人をしていた刑務官に呼び止められた。
「泡沢刑事」
「あ、はぁ。何でしょうか」
「明山未子被告人から伝言です」
「伝言?」
「はい」
「どんな事でしょう?」
「ラビュー、だそうです」
「ラビュー?それは、えっと、Lovin youの事なのでしょうか?」
「さぁ。それは私にもわかりません。ただそう伝えて欲しいとだけしか……」
「わかりました。わざわざありがとう。ご苦労様」
泡沢は刑務官に頭を下げて木更津拘置支所を発った。
そしてその足で、再び聞き込みを開始した。
第2、第3の殺害現場付近を重点的に回った。だが新たな話は勿論の事、何一つ得られる話は聞けなかった。
午後一杯、足を棒にしてまで回ったが、得たのは疲労だけだった。だが肩を落とすわけにはいかない。本部に戻り小川さんにラビューの事を伝えなければならない。
それを小川さんが聞いてどのような顔を見せるかこの目で直接、見たかった。だから夜まで連絡はしなかった。
泡沢は簡単な報告だけ済ませ小川さんが戻って来るのを待つ事にした。
夜11時を回っても小川が帰ってくる事はなかった。その間、泡沢は数回電話をかけた。メールも送ったがコールバックはおろか返信すらなかった。パチンコ屋の営業時間は確か、11時までだったか。だとしても10時半には閉店に向けて片付け等を始めるのではないだろうか。
パチンコをやった事のない泡沢の想像に過ぎないが、11時迄客を入れているのであれば、まだ本部に戻って来ないのは、あり得る話だった。もうしばらく待ってみようと泡沢は思った。ホットコーヒーを入れに給湯室へと向かった。
ホットコーヒーを2杯飲み、泡沢は帰宅する事にした。小川さんは明山未子の最後の言葉がわからなかった為、やけ酒を飲みに行っているのかも知れない。余計な心配は無用か。泡沢はそう考え、署を出た。コンビニに立ち寄り、適当におつまみをやカップ麺を買い込んで寮へと向かって行く。その足取りは心なしか重たかった。
結局、夜遅くまで小川さんからの連絡を待っていたが、その日ふメールの1つも返って来なかった。
待ちくたびれた泡沢は風呂にも入らずそのまま床で眠ってしまっていた。目覚めると身体のあちこちの筋肉が張り節々が痛かった。
疲れが溜まっているのはわかっていたが、それ以上にその痛みと気怠るさで、泡沢は自分が歳を経た事を痛感させられた。
アラフォーに片足を突っ込んだような自分が少しばかり情け無く思う。気力と体力はあるつもりだし、衰える年齢にはまだまだ早すぎる。
だが、自分は自分の特性を活かす捜査をしなければならず、否が応でも毎朝、シコらなければならなかった。
10代ならまだしも30をとっくに過ぎたオジさんが、毎朝、チンポを弄り勃起させヌクなんて出来るわけがない。それに仮に結婚出来たとしても、妻になるような人にその行為をどう説明するんだ?捜査の為にシコっているんだと言うつもりか?
それなら仕方ありませんね。どうぞ。存分にシコってね、なんて言うわけがない。そう考えると改めて自分がチッチの事を強く必要としていたか気付かされてしまった。チッチのあの性格なら、朝からでも私がシコってあげると、言ってくれるに違いない。
それは単なる泡沢の幻想で、実際、チッチが生きていて結婚したとするなら、そのような事は無くなるかも知れなかった。それにチッチは刑事ではあったが殺人を犯した犯罪者でもあった。なので、結婚したら姉の命を受けて泡沢の股間に触っていたのかも知れない。まぁそんな幻想もチッチが殺された今となっては何の役にも立たなかった。泡沢は着ていたスーツを脱ぎ捨てながら、風呂場へと向かった。
裸になり、風呂場に入る。蛇口を捻りシャワーを出した。いや違う。チッチは亡くなった今でも、自分の役に立っているじゃないか。刑事として、相棒としてのチッチは死んでも尚、泡沢の為にその身を、いや、その強烈な記憶で泡沢の股間を熱くさせた。
そう言えば、しばらくの間シコってないな。
勃起だけに頼っていた自分が恥ずかしくなり、普通の刑事としてのスキルを身につけなければ刑事として生きていけないと思いしばらくシコらなくなってしまっていたたのだ。
その時、泡沢はふと原宿付近で見かけた体格の良い男の事を思い出した。逃走中の室浜要を追っていた時に見かけた男だ。偶然、目が合っただけなのに、瞬間的に勃起した。自分でも驚く程、勃ち過ぎて思わずポケットに手を入れ木根川莉沙に気取られないよう誤魔化そうとした程だった。あれ以来、プライベートでも、仕事でも勃起はしていない。
泡沢はあの夜、あの男に声をかけておけば良かったと少しばかり後悔した。反り勃ち過ぎた勃起の事を思えば、あの男は何か特別な犯罪を犯しているに違いない。でなければ、オナニーを初めてやった時みたいに、童貞卒業を目の前にした時の初めて生で裸の女性を見た時のように、激しく勃起する筈がないからだ。
だが、木根川に注意され、その場から離れる事になってしまった。辺りも暗く、男の顔も覚えていない。車のナンバーも見えなかった。鰐男の事件とは関係ないだろが、あの男はれっきとした犯罪者の筈だ。
泡沢は熱いお湯を、玉裏に当てながらマジマジと自分のチンポを眺めていた。瞼を閉じて何とか男の顔を思い出そうとした。だが、その顔は火に炙られたプラスティックのように泡沢の頭の中で溶け始め、いつしかチッチの顔へ入れ替わっていた。気づくと泡沢は呼吸を荒げながらチンポをしごいていた。
最初のコメントを投稿しよう!