山滴る

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山滴る

「へえ。東京からね」  隣の席の奴がさっきからじろじろと僕を見ている。独特のイントネーションは、それだけでからかわれてるような気がしてならない。  同い年だし  ちゃんとここの学校の制服着てるし  髪も黒いけど そんなに見るとこなんてないだろ。 「阿久津って言ったらこの辺じゃ地主だよな。あれか、町外れのあの赤い屋根のある」 「地蔵坂の阿久津は父親の実家」 「ふうん。あそこは今、子どもは誰もいなくて二人だけだよな」  田舎は個人情報が筒抜けだ。それを手に入れたところで、僕のことがわかるわけじゃないし、何の役にも立たない気がするんだけど。 「だったら、何」 「まあまあ。これも何かの縁だし、仲良くしようぜ」  (よう)はそう言って笑うと右手を差し出した。おざなりに握手を交わしていると、女子が三人連れ立って近づいてきた。 「途中で転校なんて大変だね」 「こっちにずっといるの」 「いや。高校は向こうに戻ろうかと思ってる」 「そうなんだー。でもそうだよね、寂しいもんね」 「…まあね」  悪気がないのはわかるから、笑顔で答えた。  初日だし  多少は仕方ないか だが家が近いからと、燿は帰り道にまでついてきた。三日もすれば道も覚える。 「子どもじゃないから一人で帰れる」 「いーじゃん。同じ道を通るんだし、何なら朝も迎えに行くぞ?」 「…うざ」 「なあ」  分かれ道の十字路で彼が立ち止まった。 「ホントに放っておいて欲しいなら、寂しそうな顔すんなよ」 「は?」 「お前、結構イケメンだから。絵になりすぎて構いたくなる」 「…んだよ、それ」  微笑む彼の眼差しに、心の内を見透かされたような気がして、頬が熱くなった。 「わかってんならほっとけよ」 「ほっとけない」  真剣な声音にはっとした。 「それが嫌ならもっと笑ってろ」  それだけ言うと、彼は自分の家の方に歩いて行った。  何だ あれ… 勝手なことを言う燿にも、言い返せない自分にも腹が立った。一人にして欲しいから休み時間は本を読むようにした。部活には入らないで授業が終わったらまっすぐ家に帰る。休みの日も人が多いところには出かけない。 それなのに、燿は話しかけてくる。 隣の席だからかもしれないけど、少しずつ、でも確実に僕に近づいてきた。不快と言うよりは彼の意図がわからなくて、僕は大いに戸惑っていた。 女子たちは概ねつかず離れずといったところで、男子は思惑通り僕を遠巻きに見るようになった。 燿だけが他のみんなと違っていた。
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