山滴る

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思ったよりも長く音のない静かな時間があって、衝撃と共に自分の体が冷たい水に沈むのを感じた。あいつらの囃し立てる声も聞こえなかった。周りで水が泡立つ音がして、一瞬、上下がわからなくなった。  あ ヤバいかも 自分の今いる川の深さも水の流れさえもつかめない。水面に一度顔を出せば、呼吸が出来れば。そう思ってもどっちに向かえばいいのかわからない。  助けて… そう思った時、ぐいっと腕を掴まれた。力強く僕の体を引き寄せたその腕が、羽交い締めのように首に回された。僕が両手でしがみつくと、それが合図かのように体が水を切って水面に運ばれていくのを感じた。 重苦しさが不意になくなり、すぐそばでぷはっと息をつくのが聞こえた。自分も酸素を取り戻すかのように呼吸を再開する。もう大丈夫だと思うと、助けられていることに羞恥でいたたまれなくなり、腕を外そうともがいた。 「もういい。離せ」 「服のままじゃ動きが取れない。じっとしてろ」  水を吸った制服のシャツは体に張り付き、ズボンは重くなっていて動かそうにも思うようにいかなかった。浅瀬に膝をついて水から上がると、河原に寝転がった。濡れた服を通して焼けた石の熱が伝わってくる。 「大丈夫か」  悔しかった。 初めから全部、燿の筋書き通りだ。煽ったら僕が飛び込むことも、全力で彼が助けてくれることも。 はずみをつけて起き上がると、彼を一瞥した。 「帰る」 「まさか、ホントにやるとは思わなかった」 「…けしかけたくせに」 「これで仲間だな」  だから要らないって 何だか知らないがあんまり彼が嬉しそうに笑うから、それは言葉にならなかった。リュックを無造作に掴んで、僕は濡れたまま歩き出した。スニーカーの中に残った川の水が、歩くたびに湿った音をたてるのが情けなかった。 操さんは僕を見るなり風呂場へ追いやった。 「未だに洗礼なんてやってるんだ。あそこは結構深いから危ないのよ」  少し体温の戻った僕を呆れたように睨む。 「でも、助けてやるって約束は守ってくれた」 「結果オーライじゃ困るのよ」 「うん。ごめんなさい」  叱られてるのに何だか嬉しくて、口元がむずむずした。 その一件以来、本心はともかく僕を表立ってからかう奴はいなくなった。そして、燿は以前にも増して僕に声をかけてくるようになった。
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