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山粧う
夏が駆け足で通り過ぎ、すぐに空が高くなった。田んぼは黄金色に変わっていき、気温が下がると山では紅葉が始まった。
操さんに頼まれて、少し離れたコンビニに買い物に出た時だった。見覚えのある背中を自転車で追い越すと、いつもの横顔が見えた。ブレーキをかけて振り向くと、燿が笑って手を挙げた。
「よっ」
「どこ行くの」
「山にキノコ狩り」
軍手をはめてリュックを背負っている。
「お前も行くか」
「えー…」
「ちょうどいい。チャリ貸して」
言うなり僕をさっさと荷台に押しやって、燿はサドルに跨った。秋の陽は短い。既に傾き始めた太陽を追い越すように、彼は意気揚々とペダルを漕ぎ出した。
山道の入口に自転車を停めると、細いけもの道に足を踏み入れて、草や伸びた枝を払いながら進んでいく。途中で何度か道が分かれたが、燿の広い背中が少しも迷いを見せないので、僕は安心して後をついて行った。
「その切り株の陰にもある」
少し開けた場所は光は届くが鬱蒼としていた。慣れた様子で倒木や下草をひっくり返して、次々と茸をもいでいく。
「何て種類」
「知らない。でも、昔から食べてる」
「…毒ってことは」
「中には無くはないが、まあ俺を信じろって」
あっという間に袋がいっぱいになった。軍手を外してそれも一緒にリュックにしまってから、燿は草むらに近づいた。細い枝に赤い小さな実がたくさん残っている。
「ノイバラの実だ。ほら」
摘んだ実を僕の口に押し込もうとするので、慌てて手で遮った。
「ば…っ、やめろ。ガキじゃあるまいし」
「いーから。口開けろ」
渋々言われた通りにする。彼に対して無防備なのが落ち着かなくて、足元がふわふわする。
「ん。よし。種多いから吐き出せよ」
甘酸っぱい香りが口の中に広がった。思ったよりも甘い、初めて口にする不思議な味だ。
「美味いだろ」
「…別に。フツー」
「普通か」
気を悪くする訳でもなく笑う彼の横顔が楽しそうで、つい見惚れてしまった。
「もう少し奥に行けば栗も拾える。秋の山は食材の宝庫だ」
見回すと、すぐそばに赤く染まってとても綺麗な葉があった。
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