山粧う

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「触んなっ」  大きな声が急に聞こえて、びくっと手が止まった。彼が近づいてきて、目の前の枝に触れようとした僕の手を掴んで引き寄せた。 「漆だ。カブれるぞ」  名前を聞けばヤバいのはわかる。 「葉もダメか」 「念のためでも触らない方がいい。秋もいいけど、春の山もいいぞ。祭りもあるしな」 「ホントに、山しかないんだな」 「いいだろ。俺はずっとこの山と暮らしてきた」  燿は得意気だ。小さな頃から里山を駆け回り、遠足や肝試し、キャンプに食材探し。自然の美しさも恐ろしさも、恵みも煩わしさも全て受け止めてきたんだろう。そして、そのことが目の前の彼を作ってきたのだと思った。 「日が暮れるな。帰ろう」  お互いの落ち葉を踏みしめる音を聞きながら、山を降り始めた。無言で進むうちにひゅんと辺りが薄暗くなった。視線をやると、西の山の端にあった太陽が姿を消していた。こんな時に、従兄から聞いた山であった怖い話を思い出す。気温も低くなり、頬を切る空気の冷たさが増してくる。どんなに急いでも彼に追いつけなくて、心細くなった。 「…燿っ」  彼が振り向いた。僕の顔を見てはっとしたように手を伸ばした。 「ごめん。早く帰らないと冷えると思って」  山を降りるまでだ 僕は繋がれた手を素直に握り返した。冷えた指先に彼の体温が届いた。さっきまでの焦燥感が和らいで、ペースを落とした彼と並んでまた歩き出した。 見慣れた場所に戻ってきた時には、もう星がいくつか瞬いていた。彼はリュックからごそごそと袋を取り出した。 「味噌汁とか、炒めもんとか」  茸を半分に分けてくれた。土と木の匂いがむわっと広がる。 「毒キノコ入ってたら勘弁な」 「マジか。死んだらどうすんだ」 「だから、ごめんて」 「済むか。アホ」  暗闇でも彼がいつもの笑顔でいるのがわかる。また自転車の二人乗りで、僕たちは家に帰った。遅くなった僕を心配していた操さんは、燿のお土産をとても喜んでくれた。
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