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山眠る
初雪が降った日の夜、母から電話があった。あんまり久しぶりすぎて、誰の声なのか思い出せないくらいだった。
『ごめんね。落ち着いたら迎えに行こうと思ってたんだけど』
アパートを借りて仕事は続けていると言った。家を出てからのことをぽつぽつと話して、母は僕に尋ねた。
『勝手なことを言ってるのはわかってるから、どうするか陽斗が決めていいよ。父さんといるか、こっちに来るか』
ここに来たばかりなら、すぐにでも母を選んだだろう。でも今は自分でもどうしたいかわからない。返事はゆっくりでいいと言われて、僕は静かに電話を切った。
東京で仲がよかった友達とは、電話やメッセージのやり取りを続けていたが、次第に相手の口から僕の知らない出来事や名前が出てくるようになると、どうしても疎外感が先に立ってしまう。また顔を見れば昔に戻れるのかもしれないが、話を合わせるのが億劫になっていた。
昨夜はそんなことを思い出したせいかあまり眠れなくて、鏡の中の僕はひどい顔をしていた。顔を洗って窓の外を見ると、一昼夜降り続いた雪はすっかりやんで、青空に朝陽が眩しかった。一面の銀世界にわくわくする気持ちが頭をもたげる。朝ごはんとコーヒーで体も温まって、だいぶマシな気分になった。
「行ってきます」
待ち合わせの十字路に、いつもみたいに燿が立っていた。
「おはよ」
「はよ」
二人で並んで歩き出す。
「何か、あった?」
燿に聞かれて泣きそうになった。ダメだな。こいつには何でもわかってしまう。吐く息が白く立ち上る。何か言葉を発したら涙がこぼれそうだった。
「あ。ちょっと待って」
不意に燿が道を外れ、昨日の朝は原っぱだったところにずんずんと足を踏み入れた。綺麗な新雪に彼の足跡がついていく。と、ばたりと彼が雪原に仰向けに倒れ込んだ。
そのまま動く気配がないので僕も彼の足跡を辿り、真似して隣に寝転んだ。その拍子に近すぎる手と手がぶつかると、手繰り寄せるように燿が僕の手をぎゅっと掴んだ。息をついて一緒に青空を仰ぐ。雲がひとつもなく、昨日の吹雪が嘘のようだ。しんと冷たい雪に頭を冷やされて、言葉がひとりでにこぼれた。
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