東京から

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東京から

 電車の窓から見えるのは、勢いよく伸びた夏草の緑ばかりだった。遠くには瑞々しい夏山の嶺が連なり、線路と並走する細い道路を、軽トラックや耕運機がのんびりと走っている。終点はそこそこ有名な駅だから、もう少し賑やかなのかと思っていたけど。  なーんにもないな… 別に何か期待して来たわけじゃない。むしろ予想通りだ。母が家を出て行ってしまってから、僕は何かに希望を見出すことを諦めていた。父は単身赴任中、年の離れた兄は会社の期待を一身に背負った新人で、海外研修のためドイツで暮らしている。元々僕たち家族は個人を尊重するあまり結束に欠けていたが、さすがに母の不在はこたえた。 『僕だってあと少しで高校生だよ。このままここで暮らせばいいじゃん』  仕事ばかりで家庭を顧みなかった父が、頑なに僕の一人暮らしを認めなかった。僕はすっかり置いていかれることに慣れていたんだから、今さら過保護になられても困る。人の温かさなんて友だちがいれば十分なんだ。父のやってることは僕からそれを奪うことなのに、お前には保護者が必要だからと押し切って、中学二年生の夏休みを前に、僕は強引に父の田舎に預けられることになった。 「陽斗(はると)くん、久しぶり。大きくなったね」  伯母である(みさお)さんがにこやかに迎えてくれた。従兄たちは大学進学や就職で家を出ていて、祖父母もとうに亡くなっている。静かに暮らしていた伯父夫婦にも、僕の存在は迷惑ではなさそうで、少し肩の力が抜ける。 「部屋は空いてるから、遠慮なく使ってね」 「…ありがとうございます。お世話になります」  小さい頃は何度か来たことがある。歳上の従兄と遊ぶのは物珍しかったけど、ショッピングモールもテーマパークもないこの町を、僕は退屈な場所だと思っていた。 『夕陽が綺麗じゃろ』 『うん』  でも、祖母にそう言われて見上げた濃いオレンジ色の空は、とても綺麗だった。それは遠くの山々をも色鮮やかに染めていた。  どうせなら 海があればよかったのに それでも僕は、そんなことを考えたのを覚えている。
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