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ホテルのバスルームにある脚付きのバスタブに、太い蛇口から勢いよく湯が流れ溜まっていく。
その湯気は、入り口横の壁面鏡をうっすらと曇らせている。
バスタブ前に敷かれたラグに座り、湯の中に手を入れた。
溜まった湯を掴むように握っては、手の平から零れるのを楽しんだ。
薬指の指輪は流れを変えて手の甲に伝った。
湯の中から手の平を出すと、一斉に指の間からすり抜けていく。
その手の平をさらに持ち上げると、ぽたぽたと残った雫が生まれた場所に帰るようにすっと沈んで馴染んで、ひとつの大きな水たまりになった。
ちょうどいい量の湯が溜まると、きゅっと蛇口を捻った。
最後に一滴、溜まった湯の中に軽やかな音を立て落ちた。
その場所は一瞬、色濃くなったが、溶け込んで色を失った。
まるで、キスをする時のようだ。
それは、ただの皮膚の触れあいだ。
それが、なぜあんなにも甘く、そして苦いのか。
息継ぎをしながら繋ぐその行為は、熱く色を持つのに、
やがてそれは、優しく溶けて、自我を失う。
愛だけが残り、五感だけがその意味を知る。
左手に持ったビールの缶が軽いことに気付いた。
酔っているのか、
手に入れた湯が、またするりと、指の間から落ちた。
「聡介?」
扉が開いたことに気付かなかった。
俺の横に膝をついた康太は、そっと俺の手から空き缶を取ると、タイルの上にカツンと音をさせて置いた。
両手の親指で俺の頬の雫を拭いとった。
零れて跳ね落ちた雫が、顔を流れていたのだろうか。
「お前にも雫がついてるよ。」
今度は俺が康太の頬を親指で拭った。
康太の首に手をかけて、重なるようにラグに寝転んだ。
最後の一滴だ。
「愛してる。」
そう康太の耳元でつぶやいた。
唇が近づいて、一瞬、柔らかく触れると離れた。
苦い、
きつく、互いを抱きしめた。
今は苦くても構わない。
キスが甘いことも知っている。
愛だけが、それを知っている。
「愛してる。」
苦くても、やがてそれは優しく溶ける。
五感が知る意味は、ずっと変わらない。
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