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青ざめた体からは、赤い血が流れていた。
返り血に濡れたまま、手に持った包丁で胸部を切り開こうと試みるが存外に難しい。皮はブヨブヨとしていて脂で滑るものだから、なかなか刃が入ってくれない。
左手の親指と人差し指で伸ばすように引っ張り、その間をなぞるように刃を立てる。すると漸く人皮は切り裂かれ、ドロッと勢いなく血が垂れてきた。
殺したときはプシッと鮮血が飛び散っていたが、あれは生きていたからだろうか。それとも首元だったから血脈が集中していたとか?
少しだけ考えてみたが、よく分からない。しょうがないので捨て置き、目標物を探すためにザクザクと解体を進める。
しかし、家庭用の包丁を持ち出したのは失敗だっただろうか。砥がれていないのか断面はギザギザと歪になってしまうし、ゴムのように反発されるので結構な力がいる。骨も硬くて包丁だと砕けずに刃の方が力負けして刃こぼれしてしまう。
欠けた刃にげんなりしながら、持ち手の向きを変えて包丁の柄で突き刺すように振り下ろすと、パキッ、と骨の表層に軽くヒビが入った。
「……ふぅ」
人間を殺すということは簡単だったが、バラバラにするのは骨が折れる。
カーテンの隙間から漏れ出す黄色味を帯びた昼光と、テレビから放射される青白い光。そのスポットライトに照らされながら、ときおり溜息を吐いては作業を続けていく。
『――市にて、またもや殺人事件が起きました。臓器の一部が死体から抜き取られているなど共通の手口があることから、警察は同一犯だと見て……』
作業中、背後ではニュースが垂れ流しになっていた。犯罪心理学の権威と紹介されていたコメンテーターが、威厳たっぷりに犯行動機や人物鑑定を行っていた。
ふっ、と笑みが零れる。どうやら私は16歳の女子ではなく、20から40代の男性だったらしい。そして己の快楽のためだけに人を殺しまわっているのだとか。まったく、酷い言われようだなと眉を顰める。
私はただ、探し物をしているというだけなのに。
どれくらい時間が経っただろうか。少なくとも、鼻は麻痺して血の匂いが気にならなくなってきた。死体の損傷は凄いことになっている。それもこれも、ろくな包丁ではなかったことが悪い。
「よいしょ、っと」
何とか無事に切り取ることができた”心臓”を掬い上げて、くるくると回しながら観察をしてみる。しばらくすると、それなりに重いため腕が痺れてきた。
「……分かんないなぁ」
ガッカリしながら溜息を吐いた後、何重にも布に包んで学生鞄にしまい込む。これで何個めになるだろうか。いくつも集めてきたが、未だに分からない。観察が足りないのだろうか。それともサンプル?
「……心って、なんだろう」
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