山で出会った彼女のこと

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 「山と、つながる」 「はい」 斉田理乃(さいた りの)は、初めて会ったばかりですっかり意気投合した岸田文香(きしだ ふみか)に力強く肯いた。下界ではまだ残暑が厳しいが、山頂も近づいた登山道では、居並んだ木々が照り付ける日の光をやわらげてくれる。何より、涼しい風が心地よく襟元を吹き抜けた。 「最近、四柱推命(しちゅうすいめい)を習い始めたんですけど。四柱推命で見る、その人の本質を表す日干(にっかん)が、私は(つちのえ)なんですよ。戊って、象徴が山なんです。山からイメージを膨らませて、読み解きをするんですけど。自分の本質が山って言われても、あんまりピンとこなくて」 「山ですか。理乃さん、小柄でかわいらしいですしね」  背の高い文香が頬を緩める。いえいえ、と手を振りながら、理乃は帽子の下の彼女の白い横顔に、なんとなく月のような印象を抱いていた。同じ三十だが、口調も表情も控えめで品がある。 「象徴が草花の人は、身近に感じるためにプランターをベランダに並べて育ててるそうなんですけど。山は」 「大変。植木鉢に入りませんね」 「でしょう? 種も苗も、ないでしょう?」  互いにマジメくさった顔で目を見合わせ、次の瞬間には声を立てて笑った。 「とりあえず、登るか、って。山を味わいに」  気合を入れた理乃が、登山道具を一式そろえようとしたら、初心者が何張りきってんの、一人で行くんだし登ったことある近所でいいでしょと従妹に止められた。さすがに小学校の遠足で行ったところでは物足りないので、渋々高校生のときに登らされたこの山にしたのだが。思いがけず文香と出会い、従妹に感謝したくなる。  三十分程前のことだった。理乃が道幅の広いところで片隅によけ、水を飲んでいたところ、後ろから男一人、女二人の三人組がやってきた。遮らないようそのまま待ち、こんにちは、と声を掛け合う。すぐ二人の会話に戻った男女の、後ろについていた文香に会釈すると、喜びをにじませた笑顔で、よく来られるんですかと話しかけられた。それからしゃべり続けて今に至る。
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