山で出会った彼女のこと

3/7
前へ
/7ページ
次へ
 山頂直前は短い石段になっている。幅が狭いので、文香の後ろについて登ると、十メートル四方の平らな場所が目前に開けた。危険な斜面に出ないよう、スペースを囲んで、柵にロープが渡してある。晴れ渡る青空と白い雲に、地上よりぐっと近づいた感慨に、自然と笑みがこぼれた。が、右手から響く怒鳴り声にジャマされてしまった。 「信じらんない! 昨日だって元カノの電話出てたよね、あたしといるのに!」 「いやだって別に、ただの世間話だし、聞かれてマズいこともないし」  例のカップルだ。山頂にいるのは理乃たちと彼らだけで、聞かなくても筒抜けに聞こえてしまう。 「世間話なんかほっときゃいいでしょ! まだ好きなの?」 「そんなんじゃないって」 「連絡先なんかさっさと消してよ!」 「っていったって、友達がらみで付き合いあるんだからムシできないじゃん」  まったく収まりそうにない。せっかくここまで登ってきて、清々しい空気を思い切り吸いこむでもなく、街中では拝めない雄大な景色を眺めるでもなく、ケンカとは。理乃は半ば呆れていた。 「貸してよ。二度とかけてくんなって言ってやる」 「やめろって」 「大変。止めなきゃ、理乃さん」  二人がスマホを取り合い始めて、文香の顔が青ざめた。先に駆け寄り、理乃を手招く。 「もし、転落なんかしたら」  もっともだ。慌てて、理乃も間に入る。 「あの。お二人とも。一旦落ち着きましょう。こんなところで、うっかりスマホ落としたらえらいことですよ」  男の方がすぐ反応して女と離れた。気まずそうに理乃に頭を下げる。女は、怒りの収まらない顔で、そっぽを向くと、さっさと石段へ向かってしまった。 「あの、二人きりじゃまたケンカになるんじゃないですか。お連れさんを待って、三人で一緒に帰った方が」  理乃はよかれと男に勧めたのだが、怪訝そうに顔をしかめられた。 「僕ら、二人で来たんですけど」  言い捨てて、すでに降り始めた女を追う。 「え」  瞬きして、文香を振り返った。てっきり三人連れだと思いこんでいた。もしかして、私、カンチガイしてた? でも、知り合いみたいに。付き合い始めだから、って。 「文香さん。いいんですか? 一緒に来てたんじゃ・・・」 「理乃さん」  向き合った文香は、決意を秘めた笑みを浮かべていた。 「お願いがあるの」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加