13人が本棚に入れています
本棚に追加
山頂直前は短い石段になっている。幅が狭いので、文香の後ろについて登ると、十メートル四方の平らな場所が目前に開けた。危険な斜面に出ないよう、スペースを囲んで、柵にロープが渡してある。晴れ渡る青空と白い雲に、地上よりぐっと近づいた感慨に、自然と笑みがこぼれた。が、右手から響く怒鳴り声にジャマされてしまった。
「信じらんない! 昨日だって元カノの電話出てたよね、あたしといるのに!」
「いやだって別に、ただの世間話だし、聞かれてマズいこともないし」
例のカップルだ。山頂にいるのは理乃たちと彼らだけで、聞かなくても筒抜けに聞こえてしまう。
「世間話なんかほっときゃいいでしょ! まだ好きなの?」
「そんなんじゃないって」
「連絡先なんかさっさと消してよ!」
「っていったって、友達がらみで付き合いあるんだからムシできないじゃん」
まったく収まりそうにない。せっかくここまで登ってきて、清々しい空気を思い切り吸いこむでもなく、街中では拝めない雄大な景色を眺めるでもなく、ケンカとは。理乃は半ば呆れていた。
「貸してよ。二度とかけてくんなって言ってやる」
「やめろって」
「大変。止めなきゃ、理乃さん」
二人がスマホを取り合い始めて、文香の顔が青ざめた。先に駆け寄り、理乃を手招く。
「もし、転落なんかしたら」
もっともだ。慌てて、理乃も間に入る。
「あの。お二人とも。一旦落ち着きましょう。こんなところで、うっかりスマホ落としたらえらいことですよ」
男の方がすぐ反応して女と離れた。気まずそうに理乃に頭を下げる。女は、怒りの収まらない顔で、そっぽを向くと、さっさと石段へ向かってしまった。
「あの、二人きりじゃまたケンカになるんじゃないですか。お連れさんを待って、三人で一緒に帰った方が」
理乃はよかれと男に勧めたのだが、怪訝そうに顔をしかめられた。
「僕ら、二人で来たんですけど」
言い捨てて、すでに降り始めた女を追う。
「え」
瞬きして、文香を振り返った。てっきり三人連れだと思いこんでいた。もしかして、私、カンチガイしてた? でも、知り合いみたいに。付き合い始めだから、って。
「文香さん。いいんですか? 一緒に来てたんじゃ・・・」
「理乃さん」
向き合った文香は、決意を秘めた笑みを浮かべていた。
「お願いがあるの」
最初のコメントを投稿しよう!