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残念ですが――。
理乃が告げた住所の一室で、文香が遺体で発見されたことは、連行された夜に井間から知らされていた。だみ声の刑事から、責任逃れに作り話してるんだろと邪推されている間に、文香の部屋と職場を調べてくれたのだ。
「自身で自身の生を終わらせることについては、殺意はなかったが、望まぬ不幸を招いてしまい、悩んだ末の選択、とありました」
膝の上で、きゅっと理乃は手を握りしめる。
「生きてるうちに、会えたらよかったです」
〝理乃さんみたいな人に、相談してたら〟
〝もっと、早く〟
山での彼女が蘇る。
「そしたら、私に何かできたかって、そんなのわからないんですけど」
ゆっくりとテーブルにコーヒーカップを戻して、井間が口を開いた。
「占いやってる方って、霊感強いんですか」
「いえ。こんなこと、初めてで。自分でも驚いてます。というか、井間さん、私の話信じてくれるんですか」
理乃が文香と一緒に登山した日は、遺書の日付を三日過ぎていた。検死からも、すでにこの世にいなかったものと判断されている。
「僕は会えなかったし、調書には書けないですけどね」
文香と理乃の間に、生前なんのつながりもなかったことは確認済だ。文香の通信記録を見ても、理乃の占いを受けた形跡もない。山で発見された男性についても同じく、理乃は何の接点もなかった。偶然出会った可能性もゼロではないが、男性の死亡推定時日の理乃のアリバイも確認できたし、今回の事件の目に見える事象については、強引な筋書きを描いて理乃を責めるより、文香の遺書のとおりと判断する方が井間にとっては合理的だった。
目に見えない事象についての決め手は、
「あなた、本当に泣いてたでしょう」
あの夜、井間は、無関係なのに深夜まで犯人扱いされたと理乃の立腹を覚悟して署に戻ったのだが。留め置かれた一室の扉を開けると、真っ先に、文香さんは、と尋ねられた。気を取り直して伝えると、理乃は、見開いた瞳いっぱいにみるみる涙を溢れさせ、濡れる頬を拭うのも忘れて立ち尽くしていた。
「その節は」
思い出して、理乃がカバンから丁寧にアイロンをかけた青いハンカチを取り出す。礼とともに井間の手に返した。涙が止まらない理乃に、差し出されたものだった。うっかり持ち帰ってしまい、どうしようか思案していたところへ、井間から連絡があって助かった。
「職業的には、本当に見えても疑うべきなんでしょうね」
井間がまとう穏やかな雰囲気が微笑でなおさら和らぐ。つられて理乃も口元を緩めた。
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